祝福9

  鲁镇永远是过新年,腊月二十以后就火起来了。四叔家里这回须
雇男短工,还是忙不过来,另叫柳妈做帮手,杀鸡,宰鹅;然而柳妈
是善女人,吃素,不杀生的,只肯洗器皿。祥林嫂除烧火之外,没有
别的事,却闲着了,坐着只看柳妈洗器皿。微雪点点的下来了。
 
 鲁镇の正月はいつも師走の20日から火を熾す。四叔の所ではその年、臨時の男を雇わなければならなかった。それでも忙しかったので、手伝いや鶏と鵞鳥を絞めるのに柳おばさんを頼んだ。けれどもおばさんは菜食の善女で、殺生はしない、と洗い物だけ承知した。火焚き以外に仕事がない祥林嫂は手持無沙汰に座って柳おばさんの皿洗いを見ているだけだった。粉雪がちらつき出した。
  
“唉唉,我真傻,”祥林嫂看了天空,叹息着,独语似的说。
“祥林嫂,你又来了。”柳妈不耐烦的看着她的脸,说。“我问
你:你额角上的伤痕,不就是那时撞坏的么?”
“晤晤。”她含胡的回答。
“我问你:你那时怎么后来竟依了呢?”
“我么?……”,
“你呀。我想:这总是你自己愿意了,不然……。”
“阿阿,你不知道他力气多么大呀。”
“我不信。我不信你这么大的力气,真会拗他不过。你后来一定
是自己肯了,倒推说他力气大。”
“阿阿,你……你倒自己试试着。”她笑了。
柳妈的打皱的脸也笑起来,使她蹙缩得像一个核桃,干枯的小眼
睛一看祥林嫂的额角,又钉住她的眼。祥林嫂似很局促了,立刻敛了
笑容,旋转眼光,自去看雪花。

 「ああ、私はほんとに馬鹿だった。」祥林嫂は空を見上げてため息をつき独り言のように言った。
 「祥林嫂、またかね。」柳おばさんは煩わしげに彼女を見たが、「聞きたいんだけどね。額の傷跡、あの時に打ったやつかい?」と言った。
 「うーん。」彼女は言葉を濁した。
 「あの後、なんで言うこと聞いたのか知りたいね。」
 「私が?・・・」
 「あんたね、自分もそうしたかったんだろ、さもなきゃ・・・」
 「おばさん、あんなにあの人が強いとは知らなかったのよ。」
 「信じないね。あんたみたいな力持ちが撥ねつけられなかったなんて。あの後あんたは承諾したんだよ、それなのに夫の力が強かったなんて誤魔化すんだから。」
 「ああ、おばさん・・・自分で試してみればいいよ。」彼女は笑った。 
柳おばさんの皺の寄った顔は笑いで崩れて桃の種のように縮こまり、干乾びた目は祥林嫂の額を見、それから彼女の瞳の上に止まった。祥林嫂は気詰りそうに笑いを収め視線を転じて雪の花に向けた。

“祥林嫂,你实在不合算。”柳妈诡秘的说。“再一强,或者索
性撞一个死,就好了。现在呢,你和你的第二个男人过活不到两年,
倒落了一件大罪名。你想,你将来到阴司去,那两个死鬼的男人还要
争,你给了谁好呢?阎罗大王只好把你锯开来,分给他们。我想,这
真是……”
她脸上就显出恐怖的神色来,这是在山村里所未曾知道的。
“我想,你不如及早抵当。你到土地庙里去捐一条门槛,当作你
的替身,给千人踏,万人跨,赎了这一世的罪名,免得死了去受苦。”

 「祥林嫂、本当に割が合わなかったね。」柳おばさんは謎を掛けるように言った。「も少し強くやれば、あっさりと死ねたかもしれない 、そしたら良かったのにね。あんたと二番目の夫は二年と一緒に暮らしちゃいないが、もう大きな罪さ。考えてごらん、冥土へ行った時、亡者となった二人の男が争うのさ。あんたをどっちに遣ればいいのかね?閻魔様はあんたを鋸で切って二人に分けるしかないさ。あたし思うんだけど、これはほんとに・・・」
祥林嫂はぎょっとした顔つきとなった。山村でそんな事はかって聞いたことがない。
 「早いに越したことはないと思うよ。氏神様にあんたの身代わりの敷居を一つ納めて、千人に踏んでもらい万人に跨いでもらう。そうやってこの世での罪を償ってあの世での苦しみを免じてもらうんだよ。」
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# by dangao41 | 2011-09-07 14:00 | 魯迅 | Comments(0)

祝福10 (終)

她当时并不回答什么话,但大约非常苦闷了,第二天早上起来的
时候,两眼上便都围着大黑圈。早饭之后,她便到镇的西头的土地庙
里去求捐门槛,庙祝起初执意不允许,直到她急得流泪,才勉强答应
了。价目是大钱十二千。她久已不和人们交口,因为阿毛的故事是早
被大家厌弃了的;但自从和柳妈谈了天,似乎又即传扬开去,许多人
都发生了新趣味,又来逗她说话了。至于题目,那自然是换了一个新
样,专在她额上的伤疤。
 
祥林嫂はその時は何も言わなかったが、おそらく大そう思い悩んだのであろう。次の朝に起きてきた時は目の下に隈をつくっていた。朝食の後、彼女は町の西にある氏神様へ奉納の敷居を求めに出掛けた。始め寺守は頑として許可しなかったが祥林嫂が涙をポロポロこぼすに至ると、しぶしぶ承知した。価格は一万二千もの大金であった。阿毛の話はとっくに人々に愛想をつかされていたから、彼女は久しく人々と言葉を交わしていなかった。けれど柳おばさんには自分から喋ったので話はすぐに広まったらしく、皆は新たな興味でやって来た。話題はといえば、当然に新しく取り換わって彼女の額の傷跡である。  

“祥林嫂,我问你:你那时怎么竟肯了?”一个说。
“唉,可惜,白撞了这-下。”一个看着她的疤,应和道。
她大约从他们的笑容和声调上,也知道是在嘲笑她,所以总是瞪
着眼睛,不说一句话,后来连头也不回了。她整日紧闭了嘴唇,头上
带着大家以为耻辱的记号的那伤痕,默默的跑街,扫地,洗莱,淘米。
快够一年,她才从四婶手里支取了历来积存的工钱,换算了十二元鹰
洋,请假到镇的西头去。但不到一顿饭时候,她便回来,神气很舒畅,
眼光也分外有神,高兴似的对四婶说,自己已经在土地庙捐了门槛了。
 
「教えてよ祥林嫂、何で承知したの?」一人が言う。
 「残念だったね、無駄にぶつけちゃって。」一人が額の傷跡に目をやり合わせる。
 祥林嫂は彼女たちの笑い顔や声の調子に嘲りを感じたのであろう、いつも睨むだけで一言も答えなかったし、のちには振り返りもしなくなった。いつも口をしっかり閉じ恥辱の印の傷を頭に刻んで黙々と町を歩き、掃除をし、菜を洗い、米を研いだ。一年が経ち、四婶に預けていた賃金を受け取ったが、銀貨に換えれば12元となっていた。暇をもらって西头へ出かけて行き、食事前にはもう戻ってきた。とても気分が良さそうで、目を輝かせ嬉しそうに氏神さまに敷居を納めてきたと四婶に話した。

冬至的祭祖时节,她做得更出力,看四婶装好祭品,和阿牛将桌
子抬到堂屋中央,她便坦然的去拿酒杯和筷子。
“你放着罢,祥林嫂!”四婶慌忙大声说。
她像是受了炮烙似的缩手,脸色同时变作灰黑,也不再去取烛台,
只是失神的站着。直到四叔上香的时候,教她走开,她才走开。这一
回她的变化非常大,第二天,不但眼睛窈陷下去,连精神也更不济了。
而且很胆怯,不独怕暗夜,怕黑影,即使看见人,虽是自己的主人,
也总惴惴的,有如在白天出穴游行的小鼠,否则呆坐着,直是一个木
偶人。不半年,头发也花白起来了,记性尤其坏,甚而至于常常忘却
了去掏米。
 
冬至の先祖供養の日には彼女は更に骨身を惜しまず、四婶がお飾りを整え、阿牛と卓を部屋に運び入れるのを見ると、ごく自然に酒杯と箸を取ろうとした。
「いいのよ、祥林嫂!」四婶は慌てて大声を出した。
 祥林嫂は焼き鏝に触れたかのように手を引っ込めると同時に顔色を変え、もう燭台に手を出そうとはぜず、ただ呆けたように立っていた。四叔が線香を灯す時、出て行くように言われてやっと立ち去った。その後の彼女の変化は大きかった。翌日、目が窪んでしまっただけでなく元気もなくなった。しかもひどく臆病になり闇を恐がったばかりか影をも恐れた。人を見れば、それが主人であってさえもびくびくし白昼穴からでてきた小鼠のごとく怯え、さもなければポカンと座り込み全くの木偶であった。半年と経たず、白髪が目立つようになり、物覚えはとりわけて悪くなり、果てには米を研ぐことすら度々忘れるようになった。 

“祥林嫂怎么这样了?倒不如那时不留她。”四婶有时当面就这
样说,似乎是警告她。
然而她总如此,全不见有伶俐起来的希望。他们于是想打发她走
了,教她回到卫老婆于那里去。但当我还在鲁镇的时候,不过单是这
样说;看现在的情状,可见后来终于实行了。然而她是从四叔家出去
就成了乞丐的呢,还是先到卫老婆子家然后再成乞丐的呢?那我可不
知道。
 
「祥林嫂はどうしたのかしら?あの時、引き受けなければよかったわ。」
四婶は注意のつもりだったろう、時には面と向かってこう言った。
しかし祥林嫂はいつもこの様で、回復の兆しは全くなかった。そこで主人夫婦は暇を出すことにし、衛婆さんの所へ戻るように言った。私がまだ鲁镇にいた頃はそのように聞いていた。今の状況を見れば、戻らなかったのは明らかである。彼女は四叔の家を出るとすぐ物乞いになったのか、それとも衛婆さん所へ行ったあと、物乞いになったのか? それは私には分からない。
  

我给那些因为在近旁而极响的爆竹声惊醒,看见豆一般大的黄色
的灯火光,接着又听得毕毕剥剥的鞭炮,是四叔家正在“祝福”了;
知道已是五更将近时候。我在蒙胧中,又隐约听到远处的爆竹声联绵
不断,似乎合成一天音响的浓云,夹着团团飞舞的雪花,拥抱了全市
镇。我在这繁响的拥抱中,也懒散而且舒适,从白天以至初夜的疑虑,
全给祝福的空气一扫而空了,只觉得天地圣众歆享了牲醴和香烟,都
醉醺醺的在空中蹒跚,豫备给鲁镇的人们以无限的幸福。
 

私がこんな事を考えたのも近くの爆竹の音で目を覚ましたからである。豆粒くらいの大きさの黄色い光が見えると、続いてばんばんと爆竹が破裂する。四叔の家は正に「祝福」にあり、五更も近い時刻である。私はぼんやりとした意識の中、遠くの絶え間ない爆竹の音をかすかに聞いていた。この日、爆竹の音は厚い雲に溶け込んでいるようで、舞い飛ぶ雪花と共に町を抱きかかえていた。この響き合う音の中、私はぼうっとしつつも心地よく、昼から宵までの懸念は祝福の醸し出す気分に一掃されていった。天地の神々は供えられた甘い酒と香煙を快く受けて酔っぱらい、ふらふらと空中をさ迷っている。町の人々に無限の幸せを準備してくれているのだ、と私はただそんなことを思っていた。                             (終)                                         
                                                     2011・2
   

一九二四年二月七日
(原刊1924年3月25日《东方杂志》第21卷第6号)

(《彷徨》)
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# by dangao41 | 2011-09-07 13:17 | 魯迅 | Comments(0)

我的梦想 1

                    私の夢 < 我的梦想>       史铁生

开篇
  也许是因为人缺了什么就更喜欢什么吧,我的两条腿虽动都不能动,却是个体育迷。我不光喜欢看足球、篮球以及各种球类比赛,也喜欢看田径、游泳、拳击、滑冰、滑雪、自行车和汽车比赛,总之我是个全能体育迷。当然都是从电视里看,体育馆场门前都有很高的台阶,我上不去。如果这一天电视里有精彩的体育节目,好了,我早晨一睁眼球觉得像过节一般,一天当中无论干什么心里都想着它,一分一秒都过得愉快。有时我也怕很多重大比赛集中在一天或几天(譬如刚刚闭幕的奥运会),那样我会把其他要紧的事都耽误掉。

始めに
 もしかすると人は自分に欠けているものを、それがために尚更好むのかもしれない。私の両足は動かしたくても動かないのだがスポーツが大好きである。サッカーやバスケやその他の球技が好きなばかりか、陸上競技・水泳・ボクシング・スケート・スキー・自転車に自動車レースと皆好きである。つまり万能スポーツ愛好家なのだ。勿論テレビで見るのであるが。競技場にはどこでも高い階段があって私には上がる事ができない。もしテレビで素晴らしい競技を放映すれば、いいぞと、まるで祭りであるかの如く早朝にはぱっちりと目を覚まし、その日は一日中何をしていても競技の事を考えて一分一秒を心楽しく過ごす。時にはとても良い競技が僅かな日数に集中するので心配になる。(例えばつい最近に幕を閉じたオリンピックのようにな)そんな時は他の大事な用事は全部後回しになってしまう。

田径
  其实我是第二喜欢足球,第三喜欢文学,第一喜欢田径。我能说出所有田径项目的世界纪录是多少,是由谁保持的,保持的时间长还是短。譬如说男子跳远纪录是由比蒙保持的,20年了还没有人能破,不过这事不大公平,比蒙是在地处高原的墨西哥城跳出这八米九零的,而刘易斯在平原跳出的八米七二事实上比前者还要伟大,但却不能算世界纪录。这些纪录是我顺便记住的,田径运动的魅力不在于记录,人反正是干不过上帝;但人的力量、意志和优美却能从那奔跑与跳跃中得以充分展现,这才是它的魅力所在,它比任何舞蹈都好看,任何舞蹈跟它比起来都显得矫揉造作甚至故弄玄虚。也许是我见过的舞蹈太少了。而你看刘易斯或者摩西跑起来,你会觉得他们是从人的原始中跑来,跑向无休止的人的未来,全身如风似水般滚动的肌肤就是最自然的舞蹈和最自由的歌。

陸上競技
 実のところ私が2番目に好きなのはサッカー、3番目は文学、1番は陸上競技なのだ。陸上の全ての世界記録とその保持者、保持した期間の長さも言うことができる。例えば男子走り幅跳びのレコード・ホルダーはビーモンで20年間誰にも破られていない。でもこれは不公平なのである。ビーモンは高地のメキシコシティで8メートル90を跳んだが、ルイスは平地で8メートル72を跳んだので実際にはビーモンよりも大記録のはずである。けれど世界記録とはならない。こうした記録も私は一緒にしっかり覚えてしまったが陸上競技の魅力は記録ではない。何れにせよ人は神を超えられない。しかし人間の力量は、その意欲と優れた美は疾走や跳躍の中に余すところなく現れるのである。それこそがこのスポーツの魅力なのだ。どんな舞踊よりも美しい。どんな舞踊であれトラック競技と比べたら、弄繰り回されて不自然に見え、その動きは紛い物とさえいえる。もしかしたら私は舞踊を数多く見ていないのかも知れない。けれどルイスやモーゼスが走り出したら、あなたは彼らが原始から走り出て人類の未来へと留まることなく向かっているように思うだろう。全身これ吹き抜ける風或いは流れる水のような筋肉の躍動こそが最も自然な踊りであり最も自由な歌でもある。

偶像
  我最喜欢并且羡慕的人就是刘易斯。他身高一米八八,肩宽腿长,像一头黑色的猎豹,随便一跑就是十秒以内,随便一跳就在八米开外,而且在最重要的比赛中他的动作也是那么舒展、轻捷、富于韵律,绝不像流行歌星们的唱歌,唱到最后总让人怀疑这到底是要干什么。不怕读者诸君笑话,我常暗自祈祷上苍,假若人真能有来世,我不要求别的,只要求有刘易斯那样一副身体就好。我还设想,那时的人又会普遍比现在高了,因此我至少要有一米九以上的身材;那时的百米速度也会普遍比现在快,所以我不能只跑九秒九几。作小说的人多是白日梦患者。好在这白日梦并不令我沮丧,我是因为现实的这个史铁生太令人沮丧,才想出这法子来给他宽慰与向往。我对刘易斯的喜爱和崇拜与日俱增。相信他是世界上最幸福的人。我想若是有什么办法能使我变成他,我肯定不惜一切代价;如果我来世能有那样一个健美的躯体,今天这一身残病的折磨也就得了足够的报偿。

偶像
 私が一番好きで羨ましくも思うのはルイスである。身長は188センチ、肩は広く脚は長く、黒いチーターにも似て軽々とひと蹴りで10秒を切り、軽々とひと飛びで8メートルを超える。そして最も注目すべきは競技中の動きで、伸び伸びと軽快でリズムに富む。そして競技中の動きは伸び伸びと軽快でリズムに富む。全くもって流行歌手たちの、聞き終って一体これは何だと疑うような歌とは違う。読者の皆さんに笑われるかもしれないが、いつも私は密かに神様に祈る、若しも本当に来世があるのなら、他には何も望まないからルイスのような体にしてください、と。空想もする。その時、人間は一般に今より背が高いだろう、だから私の身長は190センチ以上はなければならない。100メートル走のタイムも一般に今より速いだろう、だから私の走るタイムは9.9秒台などでは駄目なのだ。作家は往々にして妄想癖がある。この白昼夢に好んで耽っても私は意気消沈などしはしない。現実である私、史铁生が人をがっかりさているのだから、こうやってこそ彼に慰めと憧れを与えられるのだ。私のルイスへの愛と崇拝は日ごとに増すばかりだ。彼は世界一幸福な男に違いない。もし何らかの方法でルイスに変身できたら、どんな代償をも惜しみはしない。もし私が来世で彼のような健康で美しい体躯になれるのなら、今の障害の苦しみも充分に報われる。    続く   
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# by dangao41 | 2011-09-03 08:27 | 史?生 | Comments(12)

我的梦想2

失意
  奥运会上,约翰逊战胜刘易斯的那个中午我难过极了,心里别别扭扭别别扭扭的一直到晚上,夜里也没睡好觉。眼前老翻腾着中午的场面:所有的人都在向约翰逊欢呼,所有的旗帜与鲜花都向约翰逊挥舞,浪潮般的记者们簇拥着约翰逊走出比赛场,而刘易斯被冷落在一旁。刘易斯当时那茫然若失的目光就像个可怜的孩子,让我一阵阵的心疼。一连几天我都闷闷不乐,总想着刘易斯此刻会怎样痛苦;不愿意再看电视里重播那个中午的比赛,不愿意听别人谈论这件事,甚至替刘易斯嫉妒着约翰逊,在心里找很多理由向自己说明还是刘易斯最棒;自然这全无济于事,我竟似比刘易斯还败得惨,还迷失得深重。这岂不是怪事么?在外人看来这岂不是精神病么?我慢慢去想其中的原因。是因为一个美的偶像被打破了么?如果仅仅是这样,我完全可以惋惜一阵再去竖立起约翰逊嘛,约翰逊的雄姿并不比刘易斯逊色。


オリンピックでジョンソンがルイスに勝利したあの日は耐え難いなどと云うものではなかった。心は晩方まで鬱々鬱々と夜も良く眠れなかった。目に昼間のシーンが甦る。全ての人がジョンソンに歓呼の声をあげ、全ての旗と花が彼に向けられ打ち振られる。記者たちは怒涛の如くトラックに押し寄せ彼を取り囲む。そしてルイスは打ち捨てられて傍らにいた。あの時のルイスの呆然自失といった目は哀れな子供の様で、しばらくは私の胸を痛めた。
続く幾日か私は悶々として楽しめず、今のルイスの辛さはいかばかりであろうかとずっと想っていた。あの日のレースの再放送を見る気にはなれず、人とこの話題で話す気にもなれなかった。更にはルイスに代わってジョンソンを妬みさえした。胸に様々な理由を探してはルイスが一番すごいのだと自分に言い聞かせていた。勿論、何の役にも立たない事であった。結局私はルイスよりも更に打ちのめされた上、心は落ち着きを失くすこと甚だしかった。これは変ではないだろうか?他人から見たら精神病というのではなかろうか?私はこうなった原因をつらつらと考えてみた。美しい偶像が砕かれてしまったからか?若しも只それだけなら、暫らく悲しんでからジョンソンの像を立てる事だって全く可能なはずだ。ジョンソンの雄姿はルイスと比しても遜色ない。

  是因为我这人太恋旧,骨子里太保守吗?可是我非常明白,后来者居上是最应该庆祝的事。或者是刘易斯没跑好让我遗憾?可是九秒九二是他最好的成绩。到底为什么呢?最后我知道了:我看见了所谓“最幸福的人”的不幸,刘易斯那茫然的目光使我的“最幸福”的定义动摇了继而粉碎了。上帝从来不对任何人施舍“最幸福”这三个字,他在所有人的欲望前面设下永恒的距离,公平地给每一个人以局限。如果不能在超越自我局限的无尽路途上去理解幸福,那么史铁生的不能跑与刘易斯的不能跑得更快就完全等同,都是沮丧与痛苦的根源。假若刘易斯不能懂得这些事,我相信,在前述那个中午,他一定是世界上最不幸的人。
   
 この私は後ろばかり振りかえる骨の髄からの保守的な人間だから、なのであろうか?いや、後から来た者が先の者を追い越すのは慶ぶべき事だと、私は良く分かっている。もしかしたらルイスの走りが良くなかったので私は残念に思っているのか?しかし9秒92は彼の一番の記録である。それでは一体何なのか?最終的に私は理解した。私が見た、いわゆる「最も幸福」な人の不幸。ルイスの茫然とした視線は私の「最も幸福」の概念を揺るがし、そして打ち砕いたのだ。神様は今まで誰にも「最も幸福」の四文字を与えてくださらなかった。神様はあらゆる人間の欲望の前に永遠に到達出来ない距離を置き、公平に一人一人の限界を与えた。もしも己の限界を超えて果てしなき道へと、幸福を知るために進むことができないとしたら、どうであろう。走る事のできない史铁生と、更に速く走ることのできないルイスは完全に同じではなかろうか。共にこれが落胆と苦悩の根源だった。仮にルイスにこの事が理解できないとすれば前述したあの正午、彼は確かに世界一不幸な男だったと私は思う。
 
  在百米决赛后的第二天,刘易斯在跳远比赛中跳出了八米七二,他是个好样的。看来他懂,他知道奥林匹斯山上的神人为何而燃烧,那不是为了一个人把另一个人战败,而是为了有机会向诸神炫耀人类的不屈,命定的局限尽可永在,不屈的挑战却不可须臾或缺。我不敢说刘易斯就是这样,但我希望刘易斯是这样,我一往情深地喜爱并崇拜这样一个刘易斯。

 100メートル決勝戦の翌日、ルイスは走り幅跳びで8メートル72を出し、好調のようであった。彼には分かっているようだった、オリンポスの山頂でプロメテウスの火が何故に燃えているのかルイスは知っていたのだ。これは一人が別の一人に負けたのではなくて、神々に対する光り輝く人類の不屈の挑戦なのだ。運命づけられた限界は永遠に存在するが、不屈の挑戦は弛まずに続けなくてはならない。私はルイスがそうだなどと言えはしないが、ルイスがこうであって欲しいと願うのだ。私が夢中で愛し崇拝したのはそんなルイスだったのだから。
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# by dangao41 | 2011-09-03 07:23 | 史?生 | Comments(18)

我的梦想3

梦想
  这样,我的白日梦就需要重新设计一番了。至少我不再愿意用我领悟到的这一切,仅仅去换一个健美的躯体,去换一米九以上的身高和九秒七九乃至九秒六九的速度,原因很简单,我不想在来世的某一个中午成为最不幸的人;即使人可以跑出九秒五九,也仍然意味着局限。我希望既有一个健美的躯体又有一个了悟了人生意义的灵魂,我希望二者兼得。但是,前者可以祈望上帝的恩赐,后者却必须在千难万苦中靠自己去获取---我的白日梦到底该怎样设计呢?千万不要说,倘若二者不可来得你要哪一个?不要这样说,因为人活着必要有一个最美的梦想。
 
 このように、私の白昼夢には新たなストーリが必要な局面となった。少なくとも私が悟ってしまった一切をもう使いたくはない。たんに健康で美しい肉体、1メートル90センチを超える身長と取り替える、9秒79~9秒69のスピードと取り替える、というものを。訳は簡単だ。私は来世のある日の正午に一番不幸な男に成りたくないのだ。たとえ人は9秒59で走れたとしても、やはりそれにも限界があるわけだ。
私は健康で美しい体と人生の悟りを開いた心が欲しい。この二つともが欲しいのだ。しかし前者は神様にお祈りしたらお恵みいただけるかも知れないが、後者は千難万苦の中で自分一人を頼りに獲得するものである---私の白昼夢は一体どんな筋書きになるのか?もしも両方が無理なら、どちらが欲しいのか?など決して問うてはいけない。言ってはいけないのだ、人は生きていくのに最上の美しい夢が必要なのだから。
 
 后来知道,约翰逊跑出了九秒七九是因为服用了兴奋剂。对此我们该说什么呢?我在报纸上见了这样一个消息,他的牙买加故乡的人们说,“约翰逊什么时候愿意回来,我们都会欢迎他,不管他做错了什么事,他都是牙买加的儿子。”这几句活让我感动至深。难道我们不该对灵魂有了残疾的人,比对肢体有了残疾的人,给予更多的同情和爱吗?

 後に分かったことだが、ジョンソンが9秒79で走れたのは興奮剤を服用していたからだった。これに対して私たちはどう言ったらいいのだろうか?新聞で読んだのだが、ジャマイカの彼の故郷の人達がこう言ったそうだ。「ジョンソンは帰りたい時にいつでも戻ってくればいい。みんな歓迎するよ。間違った事をしたにせよ、何にしてもジャマイカの息子なのだから。」この言葉は私を深く感動させた。心にハンデを持つ人に対して、体にハンデを持つ人によりも多くの思い遣りと愛情を向けるべきではないなどと、まさか私たちは言いますまいね?                                                 (終)



2011/9
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# by dangao41 | 2011-09-03 06:59 | 史?生 | Comments(8)