カテゴリ:魯迅( 17 )

祝福7

但有一年的秋季,大约是得到祥林嫂好运的消息之后的又过了两
个新年,她竟又站在四叔家的堂前了。桌上放着一个荸荠式的圆篮,
檐下一个小铺盖。她仍然头上扎着白头绳,乌裙,蓝夹祆,月白背心,
脸色青黄,只是两颊上已经消失了血色,顺着眼,眼角上带些泪痕,
眼光也没有先前那样精神了。而且仍然是卫老婆子领着,显出慈悲模
样,絮絮的对四婶说:
  
しかし一年が過ぎた秋、祥林嫂の幸運を聞いてからほぼ二年経った正月、彼女は再び四叔の家にやって来たのであった。黒クワイの丸笊を台に置き、庇の下には薄い布団があった。彼女はやはり白布を頭に締め、黒いスカートに青い袷と白い上着で、顔色は悪く頬の色は失せていた。眼を見れば、以前のような活気は無く、涙の跡があった。やはり衛婆さんが一緒で哀れっぽくくどくどと泣きついた。

“……这实在是叫作‘天有不测风云’,她的男人是坚实人,谁
知道年纪青青,就会断送在伤寒上?本来已经好了的,吃了一碗冷饭,
复发了。幸亏有儿子;她又能做,打柴摘茶养蚕都来得,本来还可以
守着,谁知道那孩子又会给狼衔去的呢?春天快完了,村上倒反来了
狼,谁料到?现在她只剩了一个光身了。大伯来收屋,又赶她。她真
是走投无路了,只好来求老主人。好在她现在已经再没有什么牵挂,
太太家里又凄巧要换人,所以我就领她来。——我想,熟门熟路,比
生手实在好得多……。”
 
「…ほんとにこれこそ“天に不慮の風雲あり”で、亭主は丈夫だったから、若くして腸チフスで逝ってしまうなんて誰が思ったことか。とっくに治ってる筈だったのに、冷や飯を食べてぶり返したんです。幸いにも息子がいたし、この人も働ける。柴刈や茶摘みにお蚕とやっていける筈でした。子供が狼に食われちまうなど誰が知りましょう。春も終わるころ狼が村に現れるなど予想もしなかった事で。今じゃこれはたった独りぼっちです。親戚が来て家を取った上に追い出したんです。行くところがなくて以前のご主人にすがるしかないんです。もう面倒を起こすこともないでしょう。奥さんとこはちょうど人手が必要だし、それで連れてきました。----考えたんですが、勝手が分かっているから新米よりよっぽどいいって・・・」

“我真傻,真的,”祥林嫂抬起她没有神采的眼睛来,接着说。
“我单知道下雪的时候野兽在山坳里没有食吃,会到村里来;我不知
道春天也会有。我一清早起来就开了门,拿小篮盛了一篮豆,叫我们
的阿毛坐在门槛上剥豆去。他是很听话的,我的话句句听;他出去了。
我就在屋后劈柴,掏米,米下了锅,要蒸豆。我叫阿毛,没有应,出
去口看,只见豆撒得一地,没有我们的阿毛了。他是不到别家去玩的;
各处去一问,果然没有。我急了,央人出去寻。直到下半天,寻来寻
去寻到山坳里,看见刺柴上桂着一只他的小鞋。大家都说,糟了,怕
是遭了狼了。再进去;他果然躺在草窠里,肚里的五脏已经都给吃空
了,手上还紧紧的捏着那只小篮呢。……”她接着但是呜咽,说不出
成句的话来。
 
「あたしが馬鹿だったです、全く」祥林嫂はぼんやりした眼を上げると言った。雪の時期には獣は山に食べ物が無いから村に来ることもあるって知ってはいた。でも春にも来るなんて知らなかった。朝早く起きて直ぐ戸を開けて、小笊に豆を盛り、阿毛に柵に座って皮を剥くように言ったんです。よく言い付けを聞く子で、すぐ外に出た。あたしは裏で薪を切り、米を研いで鍋に入れて、豆を蒸そうと思って阿毛を呼んだが返事がない。出てみると豆が散らばっているだけであの子はいなかった。他所の家に遊びにでも行ったかと、聞いて回わったけどいなかった。急いで人を頼んで探してもらったんです。長いこと探して探して谷間まで行くと、あの子の小さな沓が枝に刺さってました。しまった、狼にやられたんじゃないかと皆が言って。もっと奥へ進むと、あの子が草むら横たわってました。五臓は食われて空っぽで、手にはまだ小笊をしっかり握って。……彼女は嗚咽で話が続けられなかった。

  四婶起刻还踌踌,待到听完她自己的话,眼圈就有些红了。她想
了一想,便教拿圆篮和铺盖到下房去。卫老婆子仿佛卸了一肩重相似
的嘘一口气,祥林嫂比初来时候神气舒畅些,不待指引,自己驯熟的
安放了铺盖。她从此又在鲁镇做女工了。
 大家仍然叫她祥林嫂。

四婶は少し迷っていたのだが、祥林嫂の話を聞き終われば、目もとは赤くなっていた。ちょっと考えてから、荷物と布団を部屋に入れるように指図した。衛婆さんは肩の荷を下ろしたようにほっと一息つき、祥林嫂も最初の時と比べれば緊張もなく、案内も待たずに勝手知った様子で布団を運び、再び鲁镇で働く事となった。
 彼女は相変らず祥林嫂と呼ばれた。

然而这一回,她的境遇却改变得非常大。上工之后的两三天,主
人们就觉得她手脚已没有先前一样灵活,记性也坏得多,死尸似的脸
上又整日没有笑影,四婶的口气上,已颇有些不满了。当她初到的时
候,四叔虽然照例皱过眉,但鉴于向来雇用女工之难,也就并不大反
对,只是暗暗地告诫四姑说,这种人虽然似乎很可怜,但是败坏风俗
的,用她帮忙还可以,祭祀时候可用不着她沾手,一切饭莱,只好自
已做,否则,不干不净,祖宗是不吃的。
 
しかし今度は、彼女の様子はすっかり変わっていた。働き出して数日で叔父たちは彼女が以前ほどきびきびしていなくて、物覚えも悪くなっていたのに気づいた。無表情な顔には一日中笑みの影すらなく、四婶は口ぶりに大いに不満を含ませた。彼女がやって来た時、四叔は例によって眉をしかめたが手伝い女を雇うのが難しい事を考えて、大して反対はしなかった。しかし陰で四姑にこう注意した。とても可哀想ではあるが、崩れてしまっている。働かせるのはよいとしても祭事の時は使うな。炊飯も自分の分だけさせる事、さもないと穢くてご先祖様に供えられない。

四叔家里最重大的事件是祭祀,祥林嫂先前最忙的时候也就是祭
祀,这回她却清闲了。桌子放在堂中央,系上桌帏,她还记得照旧的
去分配酒杯和筷子。
“祥林嫂,你放着罢!我来摆。”四婶慌忙的说。
她讪讪的缩了手,又去取烛台。
“祥林嫂,你放着罢!我来拿。”四婶又慌忙的说。
她转了几个圆圈,终于没有事情做,只得疑惑的走开。她在这一
天可做的事是不过坐在灶下烧火。
 
祭事は四叔家の最も大切な行事である。祥林嫂が以前いた頃、一番忙しくしたのは祭事であったが今回はすることがない。卓は部屋の中央に置かれ、布
で覆われている。彼女は前の事を覚えていて猪口や箸を用意しようとした。
 「祥林嫂、しなくていいわ。私がするから。」四婶は慌てて言った。
 彼女はきまり悪そうに手を引いて、蝋燭を取りに行った。
 「いいってば、私がするわ。」四婶がまた慌てて言う。祥林嫂はうろうろしていたが、とうとう何も出来ずに、訝しがりながらも出て行った。この日一日中、彼女は竈前に座り火を焚いていただけであった。
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by dangao41 | 2011-09-07 16:15 | 魯迅 | Comments(0)

祝福8

镇上的人们也仍然叫她祥林嫂,但音调和先前很不同;也还和她
讲话,但笑容却冷冷的了。她全不理会那些事,只是直着眼睛,和大
家讲她自己日夜不忘的故事:
“我真傻,真的,”她说,“我单知道雪天是野兽在深山里没有
食吃,会到村里来;我不知道春天也会有。我一大早起来就开了门,
拿小篮盛了一篮豆,叫我们的阿毛坐在门槛上剥豆去。他是很听话的
孩子,我的话句句听;他就出去了。我就在屋后劈柴,淘米,米下了
锅,打算蒸豆。我叫,‘阿毛!’没有应。出去一看,只见豆撒得满
地,没有我们的阿毛了。各处去一向,都没有。我急了,央人去寻去。
直到下半天,几个人寻到山坳里,看见刺柴上挂着一只他的小鞋。大
家都说,完了,怕是遭了狼了;再进去;果然,他躺在草窠里,肚里
的五脏已经都给吃空了,可怜他手里还紧紧的捏着那只小篮呢。……
”她于是淌下眼泪来,声音也呜咽了。

町の人々はやはり祥林嫂と呼んだがその調子は以前と同じではなく、言葉を交わしはたが顔には冷笑を浮かべていた。彼女はそんな事には頓着せず、真っ直ぐ前を見つめて日夜忘れることのできない事件を皆に語った。
 「本当に馬鹿だった。雪の時期に山には獣の食べ物がなくて麓に来ることがあると知ってはいたけど、春にも出るとは知らなかった。起きてすぐに戸を開けて小さな笊に豆を盛って、阿毛に柵で皮をむくように言ったのさ。ほんとに良い子で私の言い付けを何でも聞いた。すぐ出て行ったよ。私は裏で薪を切り米を研いで鍋に入れた。豆を蒸そうと思って「阿毛!」って呼んだのさ。何の返事もない。出てみると豆は一面にまき散らされて子供ないないのさ。ほうぼう探したけど、何処にもいない。急いで人に頼んだよ。長いこと探して、谷間まで行った人たちが、あの子の小さな沓が柴に刺さっているのを見つけた。皆言ったよ、駄目だ、狼にやられたのじゃないかって。もう少し行ってみると、案の定あの子は草むらに横たわっていたよ。五臓はとっくに食われてお腹はぽっかりと空だった。可哀想に手にはあの小笊をしっかり握ってね・・・彼女はここで涙を流し嗚咽する。
  
这故事倒颇有效,男人听到这里,往往敛起笑容,没趣的走了开
去;女人们却不独宽恕了她似的,脸上立刻改换了鄙薄的神气,还要
陪出许多眼泪来。有些老女人没有在街头听到她的话,便特意寻来,
要听她这一段悲惨的故事。直到她说到呜咽,她们也就一齐流下那停
在眼角上的眼泪,叹息一番,满足的去了,一面还纷纷的评论着。
 
この物語には反応があった。男たちはここまで聞くと、往々にして苦笑を押えて面白くもないと立ち去ったが、女たちは祥林嫂のようにそれを大目に見るどころか、すぐさま軽蔑の面持で涙さえ流した。町で彼女の話を聞けなかった老女たちが、この悲惨な話を聞きにわざわざ訪ねて来ることもあった。嗚咽の所までくると、彼女らは一斉に溜まった涙をこぼしてため息をつき、満足してあれこれと取りざたしつつ立ち去った。

她就只是反复的向人说她悲惨的故事,常常引住了三五个人来听
她。但不久,大家也都听得纯熟了,便是最慈悲的念佛的老太太们,
眼里也再不见有一点泪的痕迹。后来全镇的人们几乎都能背诵她的话,
一听到就烦厌得头痛。
“我真傻,真的,”她开首说。
“是的,你是单知道雪天野兽在深山里没有食吃,才会到村里来
的。”他们立即打断她的话,走开去了。

 彼女は悲惨な話を繰り返し語り、いつも何人かが話を聞きにきていた。しかしじきに人々は聞きあきてしまい、誰より情けも信心も深い老女でさえ涙の痕跡も見せなくなった。その後、町の人たちは彼女の話を殆ど諳んじられるほどで、聞くのも煩わしく厭わしいとなった。
 「私が馬鹿だった、本当に馬鹿だった」と彼女は始める。
 「そうね、雪で獣は山に餌が無いって事だけしか知らなかったのだから。そうしたら村に下りて来る事だってあるね。」彼らは話を打ち切り離れて行った。

她张着口怔怔的站着,直着眼睛看他们,接着也就走了,似乎自
己也觉得没趣。但她还妄想,希图从别的事,如小篮,豆,别人的孩
子上,引出她的阿毛的故事来。倘一看见两三岁的小孩子,她就说: 
“唉唉,我们的阿毛如果还在,也就有这么大了……”

彼女は口を開けたまま呆然と立ちすくみ彼らを見ていたが、自分も詰らなく思ったらしく、やはり歩き出した。しかしまだ諦めず別の事柄で話を持ち出そうとした。例えば、小笊や豆やよその子供たちを引き合いに、彼女の阿毛を持ち出した。2,3歳の子供を見かければこう言った。「ああ、うちの阿毛が生きていたら、この位になっているわ・・・」 

孩子看见她的眼光就吃惊,牵着母亲的衣襟催她走。于是又只剩
下她一个,终于没趣的也走了,后来大家又都知道了她的脾气,只要
有孩子在眼前,便似笑非笑的先问她,道:
“祥林嫂,你们的阿毛如果还在,不是也就有这么大了么?”
 
子供はその視線に驚いて、母親の服を引っ張り促して行ってしまう。そこでやはり彼女は独り残され、がっかりして去る。人々は彼女のやり口が分かってからは、子供がそこに居さえすれば曖昧な笑いを浮かべて先に言った「祥林嫂、阿毛がまだ生きていたら、このくらいになったんじゃない?」

她未必知道她的悲哀经大家咀嚼赏鉴了许多天,早已成为渣滓,
只值得烦厌和唾弃;但从人们的笑影上,也仿佛觉得这又冷又尖,自
己再没有开口的必要了。她单是一瞥他们,并不回答一句话。
  
  人々が彼女の悲劇を暫くは味わい楽しんでも、すぐに残滓となり煩わしく唾棄すべき物となる事が彼女に分かっていたとは言えない。しかし人々の笑みの陰にある冷ややかな棘を感じたのだろう、もう口をきく事もなくなった。ただ彼らを一瞥しただけで一言も答えなくなった。
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by dangao41 | 2011-09-07 15:35 | 魯迅 | Comments(2)

祝福9

  鲁镇永远是过新年,腊月二十以后就火起来了。四叔家里这回须
雇男短工,还是忙不过来,另叫柳妈做帮手,杀鸡,宰鹅;然而柳妈
是善女人,吃素,不杀生的,只肯洗器皿。祥林嫂除烧火之外,没有
别的事,却闲着了,坐着只看柳妈洗器皿。微雪点点的下来了。
 
 鲁镇の正月はいつも師走の20日から火を熾す。四叔の所ではその年、臨時の男を雇わなければならなかった。それでも忙しかったので、手伝いや鶏と鵞鳥を絞めるのに柳おばさんを頼んだ。けれどもおばさんは菜食の善女で、殺生はしない、と洗い物だけ承知した。火焚き以外に仕事がない祥林嫂は手持無沙汰に座って柳おばさんの皿洗いを見ているだけだった。粉雪がちらつき出した。
  
“唉唉,我真傻,”祥林嫂看了天空,叹息着,独语似的说。
“祥林嫂,你又来了。”柳妈不耐烦的看着她的脸,说。“我问
你:你额角上的伤痕,不就是那时撞坏的么?”
“晤晤。”她含胡的回答。
“我问你:你那时怎么后来竟依了呢?”
“我么?……”,
“你呀。我想:这总是你自己愿意了,不然……。”
“阿阿,你不知道他力气多么大呀。”
“我不信。我不信你这么大的力气,真会拗他不过。你后来一定
是自己肯了,倒推说他力气大。”
“阿阿,你……你倒自己试试着。”她笑了。
柳妈的打皱的脸也笑起来,使她蹙缩得像一个核桃,干枯的小眼
睛一看祥林嫂的额角,又钉住她的眼。祥林嫂似很局促了,立刻敛了
笑容,旋转眼光,自去看雪花。

 「ああ、私はほんとに馬鹿だった。」祥林嫂は空を見上げてため息をつき独り言のように言った。
 「祥林嫂、またかね。」柳おばさんは煩わしげに彼女を見たが、「聞きたいんだけどね。額の傷跡、あの時に打ったやつかい?」と言った。
 「うーん。」彼女は言葉を濁した。
 「あの後、なんで言うこと聞いたのか知りたいね。」
 「私が?・・・」
 「あんたね、自分もそうしたかったんだろ、さもなきゃ・・・」
 「おばさん、あんなにあの人が強いとは知らなかったのよ。」
 「信じないね。あんたみたいな力持ちが撥ねつけられなかったなんて。あの後あんたは承諾したんだよ、それなのに夫の力が強かったなんて誤魔化すんだから。」
 「ああ、おばさん・・・自分で試してみればいいよ。」彼女は笑った。 
柳おばさんの皺の寄った顔は笑いで崩れて桃の種のように縮こまり、干乾びた目は祥林嫂の額を見、それから彼女の瞳の上に止まった。祥林嫂は気詰りそうに笑いを収め視線を転じて雪の花に向けた。

“祥林嫂,你实在不合算。”柳妈诡秘的说。“再一强,或者索
性撞一个死,就好了。现在呢,你和你的第二个男人过活不到两年,
倒落了一件大罪名。你想,你将来到阴司去,那两个死鬼的男人还要
争,你给了谁好呢?阎罗大王只好把你锯开来,分给他们。我想,这
真是……”
她脸上就显出恐怖的神色来,这是在山村里所未曾知道的。
“我想,你不如及早抵当。你到土地庙里去捐一条门槛,当作你
的替身,给千人踏,万人跨,赎了这一世的罪名,免得死了去受苦。”

 「祥林嫂、本当に割が合わなかったね。」柳おばさんは謎を掛けるように言った。「も少し強くやれば、あっさりと死ねたかもしれない 、そしたら良かったのにね。あんたと二番目の夫は二年と一緒に暮らしちゃいないが、もう大きな罪さ。考えてごらん、冥土へ行った時、亡者となった二人の男が争うのさ。あんたをどっちに遣ればいいのかね?閻魔様はあんたを鋸で切って二人に分けるしかないさ。あたし思うんだけど、これはほんとに・・・」
祥林嫂はぎょっとした顔つきとなった。山村でそんな事はかって聞いたことがない。
 「早いに越したことはないと思うよ。氏神様にあんたの身代わりの敷居を一つ納めて、千人に踏んでもらい万人に跨いでもらう。そうやってこの世での罪を償ってあの世での苦しみを免じてもらうんだよ。」
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by dangao41 | 2011-09-07 14:00 | 魯迅 | Comments(0)

祝福10 (終)

她当时并不回答什么话,但大约非常苦闷了,第二天早上起来的
时候,两眼上便都围着大黑圈。早饭之后,她便到镇的西头的土地庙
里去求捐门槛,庙祝起初执意不允许,直到她急得流泪,才勉强答应
了。价目是大钱十二千。她久已不和人们交口,因为阿毛的故事是早
被大家厌弃了的;但自从和柳妈谈了天,似乎又即传扬开去,许多人
都发生了新趣味,又来逗她说话了。至于题目,那自然是换了一个新
样,专在她额上的伤疤。
 
祥林嫂はその時は何も言わなかったが、おそらく大そう思い悩んだのであろう。次の朝に起きてきた時は目の下に隈をつくっていた。朝食の後、彼女は町の西にある氏神様へ奉納の敷居を求めに出掛けた。始め寺守は頑として許可しなかったが祥林嫂が涙をポロポロこぼすに至ると、しぶしぶ承知した。価格は一万二千もの大金であった。阿毛の話はとっくに人々に愛想をつかされていたから、彼女は久しく人々と言葉を交わしていなかった。けれど柳おばさんには自分から喋ったので話はすぐに広まったらしく、皆は新たな興味でやって来た。話題はといえば、当然に新しく取り換わって彼女の額の傷跡である。  

“祥林嫂,我问你:你那时怎么竟肯了?”一个说。
“唉,可惜,白撞了这-下。”一个看着她的疤,应和道。
她大约从他们的笑容和声调上,也知道是在嘲笑她,所以总是瞪
着眼睛,不说一句话,后来连头也不回了。她整日紧闭了嘴唇,头上
带着大家以为耻辱的记号的那伤痕,默默的跑街,扫地,洗莱,淘米。
快够一年,她才从四婶手里支取了历来积存的工钱,换算了十二元鹰
洋,请假到镇的西头去。但不到一顿饭时候,她便回来,神气很舒畅,
眼光也分外有神,高兴似的对四婶说,自己已经在土地庙捐了门槛了。
 
「教えてよ祥林嫂、何で承知したの?」一人が言う。
 「残念だったね、無駄にぶつけちゃって。」一人が額の傷跡に目をやり合わせる。
 祥林嫂は彼女たちの笑い顔や声の調子に嘲りを感じたのであろう、いつも睨むだけで一言も答えなかったし、のちには振り返りもしなくなった。いつも口をしっかり閉じ恥辱の印の傷を頭に刻んで黙々と町を歩き、掃除をし、菜を洗い、米を研いだ。一年が経ち、四婶に預けていた賃金を受け取ったが、銀貨に換えれば12元となっていた。暇をもらって西头へ出かけて行き、食事前にはもう戻ってきた。とても気分が良さそうで、目を輝かせ嬉しそうに氏神さまに敷居を納めてきたと四婶に話した。

冬至的祭祖时节,她做得更出力,看四婶装好祭品,和阿牛将桌
子抬到堂屋中央,她便坦然的去拿酒杯和筷子。
“你放着罢,祥林嫂!”四婶慌忙大声说。
她像是受了炮烙似的缩手,脸色同时变作灰黑,也不再去取烛台,
只是失神的站着。直到四叔上香的时候,教她走开,她才走开。这一
回她的变化非常大,第二天,不但眼睛窈陷下去,连精神也更不济了。
而且很胆怯,不独怕暗夜,怕黑影,即使看见人,虽是自己的主人,
也总惴惴的,有如在白天出穴游行的小鼠,否则呆坐着,直是一个木
偶人。不半年,头发也花白起来了,记性尤其坏,甚而至于常常忘却
了去掏米。
 
冬至の先祖供養の日には彼女は更に骨身を惜しまず、四婶がお飾りを整え、阿牛と卓を部屋に運び入れるのを見ると、ごく自然に酒杯と箸を取ろうとした。
「いいのよ、祥林嫂!」四婶は慌てて大声を出した。
 祥林嫂は焼き鏝に触れたかのように手を引っ込めると同時に顔色を変え、もう燭台に手を出そうとはぜず、ただ呆けたように立っていた。四叔が線香を灯す時、出て行くように言われてやっと立ち去った。その後の彼女の変化は大きかった。翌日、目が窪んでしまっただけでなく元気もなくなった。しかもひどく臆病になり闇を恐がったばかりか影をも恐れた。人を見れば、それが主人であってさえもびくびくし白昼穴からでてきた小鼠のごとく怯え、さもなければポカンと座り込み全くの木偶であった。半年と経たず、白髪が目立つようになり、物覚えはとりわけて悪くなり、果てには米を研ぐことすら度々忘れるようになった。 

“祥林嫂怎么这样了?倒不如那时不留她。”四婶有时当面就这
样说,似乎是警告她。
然而她总如此,全不见有伶俐起来的希望。他们于是想打发她走
了,教她回到卫老婆于那里去。但当我还在鲁镇的时候,不过单是这
样说;看现在的情状,可见后来终于实行了。然而她是从四叔家出去
就成了乞丐的呢,还是先到卫老婆子家然后再成乞丐的呢?那我可不
知道。
 
「祥林嫂はどうしたのかしら?あの時、引き受けなければよかったわ。」
四婶は注意のつもりだったろう、時には面と向かってこう言った。
しかし祥林嫂はいつもこの様で、回復の兆しは全くなかった。そこで主人夫婦は暇を出すことにし、衛婆さんの所へ戻るように言った。私がまだ鲁镇にいた頃はそのように聞いていた。今の状況を見れば、戻らなかったのは明らかである。彼女は四叔の家を出るとすぐ物乞いになったのか、それとも衛婆さん所へ行ったあと、物乞いになったのか? それは私には分からない。
  

我给那些因为在近旁而极响的爆竹声惊醒,看见豆一般大的黄色
的灯火光,接着又听得毕毕剥剥的鞭炮,是四叔家正在“祝福”了;
知道已是五更将近时候。我在蒙胧中,又隐约听到远处的爆竹声联绵
不断,似乎合成一天音响的浓云,夹着团团飞舞的雪花,拥抱了全市
镇。我在这繁响的拥抱中,也懒散而且舒适,从白天以至初夜的疑虑,
全给祝福的空气一扫而空了,只觉得天地圣众歆享了牲醴和香烟,都
醉醺醺的在空中蹒跚,豫备给鲁镇的人们以无限的幸福。
 

私がこんな事を考えたのも近くの爆竹の音で目を覚ましたからである。豆粒くらいの大きさの黄色い光が見えると、続いてばんばんと爆竹が破裂する。四叔の家は正に「祝福」にあり、五更も近い時刻である。私はぼんやりとした意識の中、遠くの絶え間ない爆竹の音をかすかに聞いていた。この日、爆竹の音は厚い雲に溶け込んでいるようで、舞い飛ぶ雪花と共に町を抱きかかえていた。この響き合う音の中、私はぼうっとしつつも心地よく、昼から宵までの懸念は祝福の醸し出す気分に一掃されていった。天地の神々は供えられた甘い酒と香煙を快く受けて酔っぱらい、ふらふらと空中をさ迷っている。町の人々に無限の幸せを準備してくれているのだ、と私はただそんなことを思っていた。                             (終)                                         
                                                     2011・2
   

一九二四年二月七日
(原刊1924年3月25日《东方杂志》第21卷第6号)

(《彷徨》)
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by dangao41 | 2011-09-07 13:17 | 魯迅 | Comments(0)

                            凧                魯迅

   北京的冬季,地上还有积雪,灰黑色的秃树枝丫叉于晴朗的天空中,而远处有
一二风筝浮动,在我是一种惊异和悲哀。故乡的风筝时节,是春二月,倘听到沙沙的风轮声,仰头便能看见一个淡黑色的蟹风筝或嫩蓝色的蜈蚣风筝。还有寂寞的瓦片风筝,没有风轮,又放得很低,伶仃地显出樵悴可怜模样。但此时地上的杨柳已经发芽,早的山桃也多吐蕾,和孩子们的天上的点缀照应,打成一片春日的温和。我现在在那里呢?四面都还是严冬的肃杀,而久经诀别的故乡的久经逝去的春天,却就在这天空中荡漾了。

地面にはまだ雪が積もり葉の落ちた木の枝が晴れた空に色濃く浮き、遠く凧がぽつりぽつりと漂う北京の冬に、私は不思議さと悲しさを覚える。 故郷の凧の季節は春二月である。もしシャーシャーと風を切る音が聞こえたなら、仰ぎ見れば濃い灰色の蟹凧や空色の百足凧が見られるだろう。ひっそりとした瓦凧は風を切る音も立てず低く浮かび、独りぼっちで元気もなく哀れを誘う。けれどこの時期にはすでに柳が芽吹き、早咲きの山桃もたくさんの蕾を付けている。空に舞う子供らの凧と共に、春の暖かさを感じさせる一幅となっているのだ。私は今どこに居るのだろう? 厳しい冬の寒々しさの中だというのに見上げた空に、とっくに決別した故郷の過ぎ去って久しい春の日が浮かんでいるではないか。

  但我是向来不爱放风筝的,不但不爱,并且嫌恶他,因为我以为这是没出息孩子所做的玩艺。和我相反的是我的小兄弟,他那时大概十岁内外罢,多病,瘦得不堪,然而最喜欢风筝,自己买不起,我又不许放,他只得张着小嘴,呆看着空中出神,有时至于小半日。远处的蟹风筝突然落下来了,他惊呼;两个瓦片风筝的缠绕解开了,他高兴得跳跃。他的这些,在我看来都是笑柄,可鄙的。

しかし私はもともと凧上げが好きではなかった。好きでないと言うより、嫌悪していた。意気地なしの子供の遊びだと思っていたからだ。相反して弟は、その頃10歳かそこらだったであろうか、病気がちの痩せっぽちで凧上げが一番好きであった。けれど自分では凧を買うことができず、私もさせてやらなかった。弟はポカンと口を開けて憑かれたように空を見上げ、時には半日もそうしている事もあった。遠くの蟹凧が突然落下すると弟はびっくりして声をあげ、絡まった二つの瓦凧がほどければ嬉しくて飛び跳ねた。
弟のこんな様を、私はいつも恥ずべき奴だと冷笑した。

  有一天,我忽然想起,似乎多旧不很看见他了,但记得曾见他在后园拾枯竹。我恍然大悟似的,便跑向少有人去的一同堆积杂物的小屋去,推开门,果然就在尘封的什物堆中发见了他。他向着大方凳,坐在小凳上;便很惊惶地站了起来,失了色瑟缩着。大方凳旁靠着一个蝴蝶风筝的竹骨,还没有糊上纸,凳上是一对做眼睛用的小风轮,正用红纸条装饰着,将要完工了。我在破获秘密的满足中,又很愤怒他的瞒了我的眼睛,这样苦心孤诣地来偷做没出息孩子的玩艺。我即刻伸手折断了蝴蝶的一支翅骨,又将风轮掷在地下,踏扁了。论长幼,论力气,他是都敌不过我的,我当然得到完全的胜利,于是傲然走出,留他绝望地站在小屋里。后来他怎样,我不知道,也没有留心。
 
ある日、気がつくと弟がいない。裏庭で枯れ竹を拾っていたなと思いだし、はっと気がついた。そこで人がめったに行かない物置小屋へ向かった。戸を開けると案の定、埃だらけの什器が積み上げられた部屋の中に弟はいた。大きな方形の台に向かい低い腰かけに座っていた。私を見ると驚いて立ち上がり、青くなって縮こまった。台のかたわらには胡蝶凧の竹枠が立てかけられ、まだ糊付けしていない紙もある。台には一対の目玉となる風輪と、正月用の赤い紙飾りもあって殆ど完成していた。私はしてやったりと満足に浸りつつも、弟が私に隠れ、苦心してこっそりと子供の手業とは思えない物を作っていた事にひどく腹を立てた。私はすぐさま手を伸ばし胡蝶の翅の骨を折り、風輪を地面に投げつけ、ぺしゃんこに踏みつけた。弟は年齢も体力も私に敵う訳もなく、当然のこと完全な勝利を得た私は、呆然と立ちすくむ弟を小屋に残し、傲然と立ち去ったのだった。その後、弟がどうしたか私は知らないし、気にも留めなかった。

  然而我的惩罚终于轮到了,在我们离别得很久之后,我已经是中年。我不幸偶而看了一本外国的讲论儿童的书,才知道 游戏是儿童最正当的行为,玩具是儿童的天使。于是二十年来毫不忆及的幼小时候对于精神的虐杀的这一幕,忽地在眼前展开,而我的心也仿佛同时变了铅块,很重很重的堕下去了。
但心又不竟堕下去而至于断绝,他只是很重很重地堕着,堕着。

けれど私への懲罰は、弟と離別して久しい後になってやって来た。私は既に中年になっていた。遺憾ながら偶然にも一冊、児童書を論述した外国の本を読み、遊びは子供の正当な行為であり、おもちゃは子供のエンゼルであると知るに至った。そして20年間、全く思い出すこともなかった子供時代の精神的虐殺の一幕が、急に目の前に広がり私の心は忽ち鉛の固まりと化したかの如く重く重く沈んでいった。
しかし心は沈んでぷつりと切れてしまう迄には至らない、ただ重く重く落ちて落ちて行く。

  我也知道补过的方法的:送他风筝,赞成他放,劝他放,我和他一同放。我们
嚷着,跑着,笑着。──然而他其时已经和我一样,早已有了胡子了。

埋め合わせ方を私は知ってはいる。弟に凧を与え遊ぶのを認めて揚げるのを励ます、私も一緒に凧を揚げるのだ。紐を引きながら私達は転げ回り、走り、笑う。──-けれども、今の弟は私と同様に髭も生えているのだ。

我也知道还有一个补过的方法的:去讨他的宽恕,等他说,“我可是毫不怪你
呵。”那么,我的心一定就轻松了,这确是一个可行的方法。有一回,我们会面的
时候,是脸上都已添刻了许多“生”的辛苦的条纹,而我的心很沉重。我们渐渐谈
起几时的旧事来,我便叙述到这一节,自说少年时代的胡涂。“我可是毫不怪你呵。”

私は別の償い方も知っている。弟に許しを求めるのだ、弟が「兄さんを責めたりしていない」と言うのを待つのだ。それで私の気持ちはすっかり軽くなる。これは確かに実行可能な方法だ。いつか、会うことがあったとしたら、お互いの顔には“人生”の苦労の皺が刻まれていて、しかも私の心はとても重い。私達の会話は徐々に昔の事になっていく。そこで私はこの事を持ち出し、少年時代の愚かさを自分から話す。弟は「ちっとも兄さんを悪くなんか思ってないよ。」と言う。

  我想,他要说了,我即刻便受了宽恕,我的心从此也宽松了罢。
“有过这样的事么?”他惊异地笑着说,就像旁听着别人的故事一样。他什么
也不记得了。
全然忘却,毫无怨恨,又有什么宽恕之可言呢?无怨的恕,说谎罢了。
我还能希求什么呢?我的心只得沉重着。
现在,故乡的春天又在这异地的空中了,既给我久经逝去的儿时的回忆,而一
并也带着无可把握的悲哀。我倒不如躲到肃杀的严冬中去罢,──但是,四面又明
明是严冬,正给我非常的寒威和冷气。
                                            一九二五年一月二十四日

弟がこう言ったら私はすぐさま彼の許しを受け取り、私の気持ちは軽くなるだろう。
「そんな事あったかな?」と弟は首をかしげ笑いながら言う、まるで別の人の話を聞いたかの様に。何も覚えていないのだ。
すっかり忘れてる、全く恨んでなんてない。だから許すも許さないもないだろう?
怨みがないのに許すなど、嘘にすぎない。
私がこの上何を求められるというのか?私の心はただ重いばかりだ。
今、故郷の春の日がこの異郷の空に映り、過ぎ去って久しい子供時代の思い出を私にもたらした、名状しがたい悲しみを供に。それなら私はむしろ殺伐とした厳冬の中に隠れていたほうがよい──しかし、四面は明々たる厳冬ではなかったか、それが非常な寒さと冷たさを正にもたらしているというのに。
                                                 
2010/3
   
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by dangao41 | 2011-08-17 17:40 | 魯迅 | Comments(0)

凧 読解の参考

三. 阅读下文,回答13—20题(23分)

北京的冬季,地上还有积雪,灰黑色的秃树枝丫叉于晴朗的天空中,而远处有一二风筝浮动,在我是一种惊异和悲哀。

故乡的风筝时节,是春二月,倘听到沙沙的风轮声,仰头便能看见一个淡墨色的蟹风筝或嫩蓝色的蜈蚣风筝。还有寂寞的瓦片风筝,没有风轮,又放得很低,伶仃地显出憔悴可怜的模样。但此时地上的杨柳已经发芽,早的山桃也多叶蕾,和孩子们的天上的点缀相照应,打成一片春日的温和。我现在在哪里呢?四面都还是严冬的肃杀,而久经诀别的故乡的久经逝去的春天,却就在这天空中荡漾了。

但我是向来不爱放风筝的,不但不爱,并且嫌恶他,因为我以为这是没有出息的孩子所做的玩艺。和我相反的是我的小兄弟,他那时大概十岁内外罢,多病,瘦得不堪,然而喜欢风筝,自己买不起,我又不许放,他只得张着小嘴,呆看着空中出神,有时至于小半日。远处的蟹风筝突然落下来了,他惊呼;两个瓦片风筝的缠绕解开了,他高兴得跳跃。他的这些,在我看来都是笑柄,可鄙的。

有一天,我忽然想起,似乎多日不很看见他了,但记得曾见他在后园拾枯竹。我恍然大悟似的,便跑向少有人去的一间堆积杂物的小屋去,推开门,果然就在尘封的什物堆中发现了他。①大方凳旁靠着一个蝴蝶风筝的竹骨,还没有糊上纸,凳上是一对做眼睛用的小风轮,正用红纸条装饰着,将要完工了。②我即刻伸手折断了蝴蝶的一支翅骨,又将风轮掷在地下,踏扁了。③他向着大方凳,坐在小凳上;便很惊惶地站了起来,失了色瑟缩着。④论长幼,论力气,他是敌不过我的,我当然得到完全的胜利,于是傲然走出,留他绝望地站在小屋里。⑤我在破获得秘密的满足中,又很愤怒他的瞒了我的眼睛,这样苦心了孤诣地偷做没出息孩子的玩艺。⑥后来他怎样,我不知道,也没留心。

然而我的惩罚终于轮到了,在我们离别得很久以后,我已经是中年。我不幸偶尔看了一本外国的讲论儿童的书,才知道游戏是儿童最正当的行为,玩具是儿童的天使。于是二十年来毫不忆及的幼小时候对于精神的虐杀的这一幕,忽地在眼前展开,而我的心也仿佛同时变了铅块,很重地堕下去了。

但心又不竟堕下去而至于断绝,他只是很重地堕着,堕着。

我也知道补过的方法:送他风筝,赞成他放,劝他放,我和他一同放。我们跳着,跑着,笑着。——然而他其时已和我一样,早已有了胡子了。

我也知道还有一个补过的方法:去讨他的宽恕,等他说,“我可毫不怪你呵。”那么,我的心一定就轻松了,这确是一个不可行的方法。有一回,我们会面的时候,是脸上都已添刻了许多“生”的辛苦的条纹,而我的心很沉重。我们渐渐谈起儿时的旧事来,我便叙述到这一节,自说少年时代的糊涂。“我可是毫不怪你呵。”我想,他要说了,我即刻便受了宽恕,我的心从此也是宽松了罢。

“有过这样的事么?”他惊异地笑着说,就像旁听着别人的故事一样,他什么也不记得了。

全然忘却,毫无怨恨,又有什么宽恕之可言呢?无怨的恕,说谎罢了。

我还能希求什么呢?我的心只得沉重着。

现在,故乡的春天又在这异地的空中了,既给我久经逝去的儿时的回忆,而一并也带着无可把握的悲哀。我倒不如躲到肃杀的严冬中去罢,——但是,四面又明明是严冬,正给我非常的寒威和冷气。


13. 文章开头写看见了风筝,“在我是一种惊异和悲哀。”这是为什么?结合全文内容简要回答。(4分)

答:

14. 第②段描写故乡放风筝的情景,表达了“我”什么情感?这段描写对下文起什么作用?(2分)

答:

15. 文中第④段标有①—⑥序号的语序被打乱,调整后正确的语序是( )(3分)

A. ②③⑤④①⑥ B. ③①⑤②④⑥

C. ③②④⑤①⑥ D. ②①⑤③④⑥

16. 第⑤段中说“然而我的惩罚终于轮到了”,“我的惩罚”指的是:(2分)



17. 第⑥段说,“但心又竟堕下去而至于断绝”,是因为:(2分)

__ 。

18. “脸上都已添刻了许多‘生’的辛苦的条纹”的含义是:(3分)



19. “无可把握的悲哀”是指( )(3分)

A. 把握不住的悲哀 B. 无可奈何的悲哀

C. 无法解脱的悲哀 D. 无处诉说的悲哀

20. 文末写道:“四面又明明是严冬,正给我非常的寒威和冷气。”这里仅指自然气侯吗?为什么?(4分)

__ 。



三. 阅读下文,回答13—20题(23分)

13. 在寒冷的北京看见风筝,使“我”想起故乡和故乡的春天,因而惊异;又因风筝勾起了“我”对儿时那“精神虐杀”一幕的回忆,又感到悲哀。

14.

① 表现“我”对故乡的怀念和对故乡春天的向往之情。

② 为下文的怀念作铺垫。

15. B

16. 当“我”明白对小弟的粗暴干涉是对儿童的天性的压抑时,我所受到的悔恨和痛苦的折磨。

17. 还希望找到补过的机会。

18. 为生活忙碌奔波,随岁月流逝,年纪大了。

19. C

20. 不仅指自然气候,还指当时的社会环境,表现封建传统势力还很强大,封建伦理道德及教育思想还严重地束缚着人们,以致小弟受了“精神虐杀”还不自觉。
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by dangao41 | 2011-08-17 17:35 | 魯迅 | Comments(2)

百草園

       百草園から三味書屋へ  (从百草园到三味书屋)  鲁迅

  我家的后面有一个很大的园,相传叫作百草园。现在是早已并屋子一起卖给朱文公的子孙了,连那最末次的相见也已经隔了七八年,其中似乎确凿只有一些野草;但那时却是我的乐园。
 
 私の家の裏には広い庭があり百草園と呼びならわされていた。今は既に家と一緒に朱文公の子孫に売却してしまったが最後に見たのは7,8年のことである。たしかに雑草しか生えていない庭であったと思うが、あの当時は私の楽園であったのだ。

  不必说碧绿的菜畦,光滑的石井栏,高大的皂荚树,紫红的桑椹;也不必说鸣蝉在树叶里长吟,肥胖的黄蜂伏在菜花上,轻捷的叫天子(云雀)忽然从草间直窜向云霄里去了。单是周围的短短的泥墙根一带,就有无限趣味。油蛉在这里低唱,蟋蟀们在这里弹琴。翻开断砖来,有时会遇见蜈蚣;还有斑蝥,倘若用手指按住它的脊梁,便会拍的一声,从后窍喷出一阵烟雾。何首乌藤和木莲藤缠络着,木莲有莲房一般的果实,何首乌有拥肿的根。有人说,何首乌根是有象人形的,吃了便可以成仙,我于是常常拔它起来,牵连不断地拔起来,也曾因此弄坏了泥墙,却从来没有见过有一块根象人样。如果不怕刺,还可以摘到覆盆子,象小珊瑚珠攒成的小球,又酸又甜,色味都比桑椹要好得远。
 
 緑の野菜畑は言うに及ばず、井戸の滑らかな石の欄干、大きなトウサイカチの木、赤紫の桑の実。セミは木の葉の陰で鳴き続け、丸々とした雀蜂は菜の花に隠れ、すばしっこい雲雀は急に草間から逃げ出て高い空に真っ直ぐに飛んでいく。周囲の所々崩れた土塀の根もとでさえも限りなく面白かった。ブヨは低く歌い、蟋蟀は楽器を奏でる。割れた煉瓦をひっくり返せば、ムカデに遭遇する時もあった。ハンミョウもいて、指でその背中を押すと尻からピュッと体液を噴射する。ツルドクダミと木蓮の蔓は絡みあっていた。木蓮は蓮の花托のような果実を付け、ツルドクダミは膨らんだ根っこをもっていた。ツルドクダミの根には人間の形をしているものもあって、食べれば仙人になれると聞いた。そこで私は根を引っこ抜き始め、次々と抜いたので土壁を壊してしまったが、人の形の根を一個だって見つけた事はなかった。もし刺されるのを厭わないなら、トックリイチゴを摘む事もできた。小さな珊瑚玉を集めたような球形で、酸っぱくて甘く、色合いも味わいも桑の実よりずっと良かったのだ。

  长的草里是不去的,因为相传这园里有一条很大的赤练蛇。
  长妈妈曾经讲给我一个故事听:先前,有一个读书人住在古庙里用功,晚间,
在院子里纳凉的时候,突然听到有人在叫他。答应着,四面看时,却见一个美女的脸露在墙头上,向他一笑,隐去了。他很高兴;但竟给那走来夜谈的老和尚识破了机关。说他脸上有些妖气,一定遇见“美女蛇”了;这是人首蛇身的怪物,能唤人名,倘一答应,夜间便要来吃这人的肉的。他自然吓得要死,而那老和尚却道无妨,给他一个小盒子,说只要放在枕边,便可高枕而卧。他虽然照样办,却总是睡不着,——当然睡不着的。到半夜,果然来了,沙沙沙!门外象是风雨声。他正抖作一团时,却听得豁的一声,一道金光从枕边飞出,外面便什么声音也没有了,那金光也就飞回来,敛在盒子里。后来呢?后来,老和尚说,这是飞蜈蚣,它能吸蛇的脑髓,美女蛇就被它治死了。

草が生い茂っているところへは行かなかった。この庭には大きな赤斑が一匹いるとの言い伝えがあったからだ。 
長妈妈が話してくれたのだが、昔、一人の書生が古廟に住み込み学んでいたという。晩方に庭で涼んでいると不意に誰かが彼の名を呼ぶ、返事してあたりを見回すと、美しい女が塀の向こうで彼に笑いかけると姿を消した。彼はたいそう嬉しくなった。しかしこの晩の事を聞いた和尚は女の実態を見破った。書生の顔には妖気があった、“美女蛇”に出くわしたのだろう。これは人間の顔を持った蛇の妖怪であり、相手の名前をもって呼びかける。もし返事をしてしまったら、夜更けにその者を食べにやって来るという。書生は当然に恐れ慄いたが、大丈夫だと和尚は小箱を書生に与え、これを枕元に置きぐっすり眠るがいいと言った。書生は言われた通りにしたものの寝つけなかった。眠れないのも無理はなかろう。夜も更けた頃、果たしてそれはやって来た。シャシャシャッ~!戸の外では風雨の様な音がする。書生が縮こまって震えていると、フッと箱が開く音がして、ひと筋の金色の光が枕元から飛び出していった。そとでは何の物音もしない。金の光もすぐ戻ってきて箱の中に収まった。それからは、って?和尚が言ったその続き、「あれは空飛ぶムカデで蛇の脳髄を吸うことができる。美しい蛇女はムカデに退治されたのだ。」

  结末的教训是:所以倘有陌生的声音叫你的名字,你万不可答应他。

  教訓:であるから、もしも見知らぬ人に名を呼ばれても、絶対に返事をしてはいけない。

  这故事很使我觉得做人之险,夏夜乘凉,往往有些担心,不敢去看墙上,而且极想得到一盒老和尚那样的飞蜈蚣。走到百草园的草丛旁边时,也常常这样想。但直到现在,总还没有得到,但也没有遇见过赤练蛇和美女蛇。叫我名字的陌生声音自然是常有的,然而都不是美女蛇。
 
この話は私に世の中は怖いと思わせた。夏の夜に涼んでいる時など、よくよく心配で塀に目を向けられなかったし、果てには和尚の飛ぶムカデの箱がとても欲しかった。百草園の草むらの傍に行った時はいつもそう思っていた。しかし今に至るまで、なにも起こらなかったし、赤斑蛇にも美しい蛇女にも出くわさなかった。私の名を呼ぶ見知らぬ人の声など自然に常となったが、美しい蛇女だった事などはない。
 
  冬天的百草园比较的无味;雪一下,可就两样了。拍雪人(将自己的全形印在雪上)和塑雪罗汉需要人们鉴赏,这是荒园,人迹罕至,所以不相宜,只好来捕鸟。薄薄的雪,是不行的;总须积雪盖了地面一两天,鸟雀们久已无处觅食的时候才好。扫开一块雪,露出地面,用一支短棒支起一面大的竹筛来,下面撒些秕谷,棒上系一条长绳,人远远地牵着,看鸟雀下来啄食,走到竹筛底下的时候,将绳子一拉,便罩住了。但所得的是麻雀居多,也有白颊的“张飞鸟”,性子很躁,养不过夜的。
 
冬の百草園は少しつまらない。だが雪が降れば一変した。雪人型(雪に全身を押しつけて人型をつける)や雪だるま作りは、出来上がれば人に見せたいが、荒れた庭で人はめったに通らないから相応しい場所ではなかった。それで鳥を捕るしかなかった。薄っすらの雪ではいけない。一日二日と一面に降り積もり、鳥たちがもう何処にも餌を探せなくなった頃がチャンスであった。一塊の雪を除き地面を露出し、その場を覆う大きな竹笊を短い棒で支えて穀物をばら撒く。棒には長い縄を結び、離れた場所で縄を持つ。鳥がやってきて啄み竹笊の下に入った時、縄を引いて覆い被せる。しかし捕れるのはたいてい雀だった。頬の白い張飛鳥も捕まえたが、気が短い鳥でその日の内に死んでしまった。 

  这是闰土的父亲所传授的方法,我却不大能用。明明见它们进去了,拉了绳,
跑去一看,却什么都没有,费了半天力,捉住的不过三四只。闰土的父亲是小半天便能捕获几十只,装在叉袋里叫着撞着的。我曾经问他得失的缘由,他只静静地笑道:你太性急,来不及等它走到中间去。
 
これは闰土の父親に教わった方法だが、私はあまり上手にできなかった。鳥が入って来たのをしっかり見て縄を引く、飛んで行って見れば何も無い。長い時間を費やして三、四羽しか捕ることができなかった。闰土の父親は私よりずっと短い時間で幾十羽も捕ることができて、袋の中でビービーバタバタとしていた。
どうして私には出来ないか理由を尋ねた事がある。彼は静かに微笑んで言った。坊っちゃんはせっかち過ぎて、鳥が真ん中に入るまで待てないからですよ。 

  我不知道为什么家里的人要将我送进书塾里去了,而且还是全城中称为最严厉的书塾。也许是因为拔何首乌毁了泥墙罢,也许是因为将砖头抛到间壁的梁家去了罢,也许是因为站在石井栏上跳下来罢,……都无从知道。总而言之:我将不能常到百草园了。Ade,我的蟋蟀们!Ade,我的覆盆子们和木莲们!
  
家人がどうして私を塾に行かせたのか分からない。しかもそれは町で一番厳しい塾であった。何首鳥を引きぬいて土壁を壊したからか、煉瓦を投げて隣の梁家との仕切り壁を壊したせいか、井戸の柵に上って飛び降りたせいか、・・・知るすべもない。要するに私は百草園にしょっちゅうは行かれなくなった。
さらば、私の蟋蟀よ!さらば、私の覆盆子よ、木蓮よ!

  出门向东,不上半里,走过一道石桥,便是我的先生的家了。从一扇黑油的竹门进去,第三间是书房。中间挂着一块扁道:三味书屋;扁下面是一幅画,画着一只很肥大的梅花鹿伏在古树下。没有孔子牌位,我们便对着那扁和鹿行礼。第一次算是拜孔子,第二次算是拜先生。

門を出て東に向かい200メートル程行き石橋を渡ると先生の家だった。黒光りした竹の入口から入って三つ目の部屋がが教室であった。真ん中には「三味本屋」の額が掛かっていて、その下には大きな梅花鹿が古木の元に座っている一幅の絵があった。孔子の位牌はなかったので、私たちはその額と鹿に向かってお辞儀した。一回目は孔子への礼で、二回目は先生への礼であった。

  第二次行礼时,先生便和蔼地在一旁答礼。他是一个高而瘦的老人,须发都花白了,还戴着大眼镜。我对他很恭敬,因为我早听到,他是本城中极方正,质朴,博学的人。
  
二度目の礼の時、先生は穏やかに返礼した。先生は背が高い痩せた老人で髭も髪も半白で大きな眼鏡をかけていた。私はたいそう礼儀正しくしていた。先生が町でも極めて公正・質朴・博学の人であると、とっくに聞き知っていたからだ。

  不知从那里听来的,东方朔也很渊博,他认识一种虫,名曰“怪哉”,冤气所化,用酒一浇,就消释了。我很想详细地知道这故事,但阿长是不知道的,因为她毕竟不渊博。现在得到机会了,可以问先生。
   “先生,‘怪哉’这虫,是怎么一回事?……”我上了生书,将要退下来的时候,赶忙问。
  “不知道!”他似乎很不高兴,脸上还有怒色了。

どこで私が耳にしたものか分からないが、東方朔も該博で“怪哉”という名の虫を知っていたという。これは恨みつらみが化けた虫で、酒を浴びせると溶けてしまうという。私はこの話を詳しく知りたかったのだが、長おばさんは博識ではなかったので知らなかった。さあ、今なら先生に聞ける。
 「先生、‘怪哉’という虫はいったい何なのですか?・・・」初めての授業が終って帰りの時間になった時、心逸らせ尋ねた。
 「知りません!」先生はとても不愉快そうで、顔に怒りの色さえみえた。

  我才知道做学生是不应该问这些事的,只要读书,因为他是渊博的宿儒,决不至于不知道,所谓不知道者,乃是不愿意说。年纪比我大的人,往往如此,我遇见过好几回了。
  
そこで私は生徒は勉強だけするべきで、このような事を聞いてはいけないのだなと理解した。なぜなら先生は該博の老学者で知らない事などない。知らないというのは即ち言いたくないのだ。大人は往々にしてこのようである、私は何度もそんな場面に出くわした。

  我就只读书,正午习字,晚上对课。先生最初这几天对我很严厉,后来却好起来了,不过给我读的书渐渐加多,对课也渐渐地加上字去,从三言到五言,终于到七言。
 
私は勉強だけするようになり、昼には字を習い晩には教科書を読んだ。先生は最初の幾日かは私に大変厳格であったが、その後は和らいでいった。しかし私に読ませる本は段々に多くなり、授業も次第に難しくなって三言から五言に、とうとう七言になっていった。

  三味书屋后面也有一个园,虽然小,但在那里也可以爬上花坛去折腊梅花,在地上或桂花树上寻蝉蜕。最好的工作是捉了苍蝇喂蚂蚁,静悄悄地没有声音。然而同窗们到园里的太多,太久,可就不行了,先生在书房里便大叫起来:
—“人都到那里去了?”
 
三味書屋の後ろには庭があり、小さいとはいえ花壇に登って蝋梅の枝を折れたし、地面で木犀の枝やセミの抜け殻を探すことができた。一番楽しいのは蝿を捕まえて蟻の餌にすることで、静かに声を出さずにやる。しかし多くの同級生が庭に出るので、長く居るのは無理であった。教室の先生の大声が聞こえてくる、「みんなどこへ行ったのか?」

  人们便一个一个陆续走回去;一同回去,也不行的。他有一条戒尺,但是不常用,也有罚跪的规矩,但也不常用,普通总不过瞪几眼,大声道:——“读书!”

生徒は一人また一人と続いて戻っていく、一緒に戻らなくてはならない。先生はお仕置き棒を持っているが常に使いはしない。罰として膝まずかせる習わしもあるが常にさせはしない。普通はカッと目を開き大声でこう言った——「本を読みなさい!」

  于是大家放开喉咙读一阵书,真是人声鼎沸。有念“仁远乎哉我欲仁斯仁至矣”的,有念“笑人齿缺曰狗窦大开”的,有念“上九潜龙勿用”的,有念“厥土下上上错厥贡苞茅橘柚”的……先生自己也念书。后来,我们的声音便低下去,静下去了,只有他还大声朗读着:——
“铁如意,指挥倜傥,一座皆惊呢~~;金叵罗,颠倒淋漓噫,千杯未醉嗬~~……”
 我疑心这是极好的文章,因为读到这里,他总是微笑起来,而且将头仰起,摇着,向后面拗过去,拗过去。

そこで生徒は声を振り絞って朗読し、まさしく人声沸き立つのである。“仁远乎哉我欲仁斯仁至矣”を読む者あり、“笑人齿缺曰狗窦大开”を読む者あり、“上九潜龙勿用”を読む者あり、“厥土下上上错厥贡苞茅橘柚”を読む者あり・・・・先生も自分の本を読む。少しすると生徒の声は低くなっていき、やがて静まってしまう。先生だけが大きな声で読み続ける-----“铁如意,指挥倜傥,一座皆惊呢~~;金叵罗,颠倒淋漓噫,千杯未醉嗬~~……”
私はこれはきっと素晴らしい文章なのに違いない、と思った。というのはこの部分にくると先生はいつも笑みを浮かべ、顔を仰向けて体をどんどん後ろへ反らせたからである。
 
  先生读书入神的时候,于我们是很相宜的。有几个便用纸糊的盔甲套在指甲上做戏。我是画画儿,用一种叫作“荆川纸”的,蒙在小说的绣像上一个个描下来,象习字时候的影写一样。读的书多起来,画的画也多起来;书没有读成,画的成绩却不少了,最成片断的是《荡寇志》和《西游记》的绣像,都有一大本。后来,因为要钱用,卖给一个有钱的同窗了。他的父亲是开锡箔店的;听说现在自己已经做了店主,而且快要升到绅士的地位了。这东西早已没有了罢。         九月十八日                                                       
先生が朗読に没頭している時、これは私たちには好都合であった。紙と糊で兜を作り指に嵌め遊んでいる者もいたが、私は絵を描いた。“荆川纸”と呼ばれた紙を小説の挿絵に重ねてなぞった。習字の時なぞるのと同じようにである。本が多くなれば挿絵も多くなる。本は読み切れないのに絵は沢山描いた。通して描いて完成させたのは《荡寇志》と《西游記》の挿絵である。二冊とも長い本だった。その後お金が必要となって金持ちの同級生に売ってしまった。彼の父親は錫箔店を経営していた。聞くところによると彼が今は主人だそうで、おまけにもうすぐ「紳士」にまでなるらしい。あの写し絵はもう無くなっているであろうな。                                2010/9
                                              (《朝花夕拾》)
原文 http://www.xys.org/xys/classics/Lu-Xun/Zhaohua/baicao.txt
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by dangao41 | 2011-08-16 14:16 | 魯迅 | Comments(10)