宮芝居1      <社戏> 後半部分         魯迅

  至于我看好戏的时候,却实在已经是“远哉遥遥”的了,其时恐怕我还不过十一二岁。我们鲁镇的习惯,本来是凡有出嫁的女儿,倘自己还未当家,夏间便大抵回到母家去消夏。那时我的祖母虽然还康建,但母亲也已分担了些家务,所以夏期便不能多日的归省了,只得在扫墓完毕之后,抽空去住几天,这时我便每年跟了我的母亲住在外祖母的家里。那地方叫平桥村,是一个离海边不远,极偏僻的,临河的小村庄;住户不满三十家,都种田,打鱼,只有一家很小的杂货店。但在我是乐土:因为我在这里不但得到优待,又可以免念“秩秩斯干幽幽南山”了。

私が素晴らしい芝居を見たのは実に「昔々の事かな」となってしまったが、11、2歳の頃であったろうか。故郷鲁镇の習わしで、嫁にいった娘はまだ婚家を取り仕切ってしなければ、夏の間はたいていは里帰りをするものだった。当時父方の祖母は元気だったが、母も家事を受け持っていたので長期の帰省は無理だった。墓参りの後の遣り繰りした数日の滞在であったが、毎年、私も母と一緒に行った。平橋村という海に近い辺鄙な河沿いの小さな三十戸足らずの半農半漁の村で、たった一軒だけ小さな雑貨店があった。しかし私にとっては楽園だったのだ。特別扱いをしてもらったばかりでなく 「秩秩斯干幽幽南山」 を音読しなくてもよかったのだから。 

  和我一同玩的是许多小朋友,因为有了远客,他们也都从父母那里得了减少工作的许可,伴我来游戏。在小村里,一家的客,几乎也就是公共的。我们年纪都相仿,但论起行辈来,却至少是叔子,有几个还是太公,因为他们合村都同是本家。然而我们是朋友,即使偶而吵闹起来,打了太公,一村的老老少少,也决没有一个会想出“犯上”这两个字来,而他们也百分之九十九不识字。

私と一緒に遊んだのは大勢の子供たち、遠来の客が来たということで、皆も家での手伝いを減らしてもらって遊びに来たからだ。小さな村では一家の客は全家の客にほぼ等しい。私たちの年齢は近かったが、長幼序列となると村は同族であったから、遊び仲間は少なくとも私の叔父であり、曾祖父も数人いた。友達であるからには時には喧嘩もしたが曾祖父を叩いたところで村の誰にも 「楯突く」 の字句は浮ばなかったであろうし、村人の十中八九は読み書きができなかった。

  我们每天的事情大概是掘蚯蚓,掘来穿在铜丝做的小钩上,伏在河沿上去钓虾。虾是水世界里的呆子,决不惮用了自己的两个钳捧着钩尖送到嘴里去的,所以不半天便可以钓到一大碗。这虾照例是归我吃的。其次便是一同去放牛,但或者因为高等动物了的缘故罢,黄牛水牛都欺生,敢于欺侮我,因此我也总不敢走近身,只好远远地跟着,站着。这时候,小朋友们便不再原谅我会读“秩秩斯干”,却全都嘲笑起来了。

だいたい毎日ミミズを掘った。掘ったミミズは銅線で作った小さな鉤につけて、河の淵に腹這いになりエビを釣る。エビは水の世界の間抜けであった。自分の二つのペンチで鉤を掴み口にもっていくのを決して躊躇しなかった。だから半日もすれば大きなどんぶり一杯も釣れた。釣ったエビは私が貰うのが倣いであった。その後は一緒に放牧に行った。牛は或いは高等動物であるせいか、赤牛も水牛もよそ者を馬鹿にして、わざと私をいじめた。だから私は近づけなくて、ずっと離れて付いて行き、立ちすくんでいるしかなかった。こんな時、皆はもう私が「秩秩斯干」を読めるからと大目に見てはくれないで、からかって笑うのであった。

  至于我在那里所第一盼望的,却在到赵庄去看戏。赵庄是离平桥村五里的较大的村庄;平桥村太小,自己演不起戏,每年总付给赵庄多少钱,算作合做的。当时我并不想到他们为什么年年要演戏。现在想,那或者是春赛,是社戏了。

 私が一番楽しみにしていたのは趙庄に芝居を見に行くことだった。趙庄は平橋村から2キロ半ほどの割り合いと大きな村であった。小さな平橋村では村としての芝居はかけられなくて、毎年、多少の金を負担して趙庄との合同としてもらっていた。当時の私は何故毎年芝居をするのか考える事もしなかったが、今思えば、あれは春の奉納の宮芝居であったかもしれない。

  就在我十一二岁时候的这一年,这日期也看看等到了。不料这一年真可惜,在早上就叫不到船。平桥村只有一只早出晚归的航船是大船,决没有留用的道理。其余的都是小船,不合用;央人到邻村去问,也没有,早都给别人定下了。外祖母很气恼,怪家里的人不早定,絮叨起来。母亲便宽慰伊,说我们鲁镇的戏比小村里的好得多,一年看几回,今天就算了。只有我急得要哭,母亲却竭力的嘱咐我,说万不能装模装样,怕又招外祖母生气,又不准和别人一同去,说是怕外祖母要担心。

 私が11、2歳だったあの年も、たちまちに芝居の日がやってきた。しかしまことに残念なことにその朝に舟を頼めなかったのだ。平橋村では朝出発して晩方に戻る定期船がただ一つの大舟であったから、それを留めおくわけにはいかなかった。その他のは小舟で役に立たない。人を頼んで隣村に聞いてもらったがやはりなかった。とっくに他の人が押さえていた。祖母は怒って、早くに決めなかった家の人を繰り返し咎めた。母は、私たち鲁镇の芝居は小さな村のよりずっと良いし、年に何回か見られる、今日のはもういいから、と取り成した。 私だけは泣かんばかりに気を揉んだので、母は一生懸命に説いた。絶対に拗ねてはいけない、お祖母さんがまた怒り出すかもしれないから、そして他の人と一緒に行くのも許さない、お祖母さんが心配するだろうからと言った。

  总之,是完了。到下午,我的朋友都去了,戏已经开场了,我似乎听到锣鼓的声音,而且知道他们在戏台下买豆浆喝。

 要するに、それで終わりだった。午後になり、友達はみんな行ってしまった。もう芝居は始まっている、銅鑼や太鼓の音が聞こえる気がしたし、皆は舞台の下の豆乳を買って飲んでるのだろうなと思っていた。

  这一天我不钓虾,东西也少吃。母亲很为难,没有法子想。到晚饭时候,外祖母也终于觉察了,并且说我应当不高兴,他们太怠慢,是待客的礼数里从来没有的。吃饭之后,看过戏的少年们也都聚拢来了,高高兴兴的来讲戏。只有我不开口;他们都叹息而且表同情。忽然间,一个最聪明的双喜大悟似的提议了,他说,“大船?八叔的航船不是回来了么?”十几个别的少年也大悟,立刻撺掇起来,说可以坐了这航船和我一同去。我高兴了。然而外祖母又怕都是孩子,不可靠;母亲又说是若叫大人一同去,他们白天全有工作,要他熬夜,是不合情理的。在这迟疑之中,双喜可又看出底细来了,便又大声的说道,“我写包票!船又大;迅哥儿向来不乱跑;我们又都是识水性的!”

その日、私はエビ釣りに行かなかったし、あまり物を食べなかった。母は大そう困ったが、どうしようもなかった。晩ご飯になって祖母もとうとう気がついて言った。この子が不機嫌なのも当然だよ、怠慢だね、客をもてなすのにこんなやりようはないだろうに。夕食後、芝居を見に行った少年たちはみなやって来て、楽しそうに芝居の話をしたが、私だけが黙りこくっていた。彼らはため息をつき同情を示してくれた。急に中で一番賢い双喜がはっと気がついて言った。「大舟?八小父さんの舟は戻ってるんじゃないかな?」 十数人の少年たちもすぐに同調し、それに乗って一緒に行かれると言う。私は喜んだ。しかし祖母は子供だけでは頼りないと言う。そして母も大人に連れて行ってと頼むのは申し訳ない、みんな昼間の仕事があるのだし、夜遅くまで無理させられないと言った。母たちが躊躇していると、双喜はやはりそのあたりを察してはっきりと言った。「僕が受け合う!舟は大きいし、迅ちゃんはおとなしいし、僕たちはみんな泳げるんだよ!」

  诚然!这十多个少年,委实没有一个不会凫水的,而且两三个还是弄潮的好手。

  外祖母和母亲也相信,便不再驳回,都微笑了。我们立刻一哄的出了门。
我的很重的心忽而轻松了,身体也似乎舒展到说不出的大。一出门,便望见月下的平桥内泊着一只白篷的航船,大家跳下船,双喜拔前篙,阿发拔后篙,年幼的都陪我坐在舱中,较大的聚在船尾。母亲送出来吩咐“要小心”的时候,我们已经点开船,在桥石上一磕,退后几尺,即又上前出了桥。于是架起两支橹,一支两人,一里一换,有说笑的,有嚷的,夹着潺潺的船头激水的声音,在左右都是碧绿的豆麦田地的河流中,飞一般径向赵庄前进了。

成るほど!確かにこの十数人の子供たちのうち一人として泳げない者はいなかった。その上二,三の子は流れをあやつるに功者であった。

祖母も母も納得し、もう駄目とは言わずに微笑んだ。私たちは早速がやがやと門を出た。
私の重かった気持ちは急に軽くなり、体も言葉では表せないほどに伸び伸びとなった。門を出れば月に照らされた平橋に白いとま舟が停泊しているのが見えた。みな舟に飛び乗り双喜は前竿を持ち、阿発は後竿を持った。年少の子たちは私と一緒に舟倉に座り、少し大きな子たちは船尾に集まった。母が「気をつけてね」 と送りにきた時にはもう舟は動き出していた。橋桁の石を一突きし、数尺下がってすぐさま前進し橋を離れた。それから二本の櫓を組み立て、一本の櫓に二人が付き、500メートル毎に交代する。喋ったり笑ったり喚いたりの声は、船首が水に当たる音と入り混じる。両側は全て深緑の豆麦畑である河を、舟は飛ぶように趙村へ進んだ。
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Commented by dangao41 at 2012-01-03 10:54
们又都是识水性的!
我而且两三个还是弄潮的好手。

Commented by dangao41 at 2012-01-04 12:42
但论起行辈来,却至少是叔子
仲間の内に少なくとも叔父はいたし
: 母亲却竭力的嘱咐我,说万不能装模装样,怕又招外祖母生气,又不准和别人一同去,说是怕外祖母要担心
母は一生懸命に言い聞かせた。何度言ってもだめ、拗ねるんじゃありません、またお祖母さんが怒るといけないでしょう、それに他の人と一緒に行くのもだめよ、お祖母さんが心配するからね。
: 总之,是完了
つまり、それで終わりだった
Commented by dangao41 at 2012-01-05 22:55
这日期也看看等到了
by dangao41 | 2012-01-02 08:32 | 魯迅 | Comments(3)