荷塘月色

 
                              荷塘月色             朱自清
 
  这几天心里颇不宁静。今晚在院子里坐着乘凉,忽然想起日日走过的荷塘,在这满月的光里,总该另有一番样子吧。月亮渐渐地升高了,墙外马路上孩子们的欢笑,已经听不见了;妻在屋里拍着闰儿,迷迷糊糊地哼着眠歌。我悄悄地披了大衫,带上门出去。

このところ気持ちが頗る落ち着かない。晩がた庭で涼んでいると、ふいに日々歩いている蓮池が心に浮かんだ。この満月に照らされて別の趣であるに違いない。月は次第に高く昇り、外の道で遊ぶ子供らの明るい笑い声はもう聞こえてこない。妻は部屋で闰儿を寝かしつけており、うとうとと子守唄を歌っている。私はそっと上着を羽おり、戸を閉めて外に出た。
  
  沿着荷塘,是一条曲折的小煤屑路。这是一条幽僻的路;白天也少人走,夜晚更加寂寞。荷塘四面,长着许多树,蓊蓊郁郁的。路的一旁,是些杨柳,和一些不知道名字的树。没有月光的晚上,这路上阴森森的,有些怕人。今晚却很好,虽然月光也还是淡淡的。

 蓮池に沿うのは曲がりくねった石炭屑の小道。ひっそりしたひと筋の道。昼間でも通る人は少ない、夜は更に物寂しい。蓮池の周囲にはたくさんの木が高く育ち生い茂っている。道の傍らにあるのは柳と、あとは名前を知らない木々だ。月のない夜は陰鬱で些か気味が悪い。ところが今夜は大そうよろしい、月の光は淡いのではあるが。

  路上只我一个人,背着手踱着。这一片天地好像是我的;我也像超出了平常的自己,到了另一世界里。我爱热闹,也爱冷静;爱群居,也爱独处。像今晚上,一个人在这苍茫的月下,什么都可以想,什么都可以不想,便觉是个自由的人。白天里一定要做的事,一定要说的话,现在都可不理。这是独处的妙处,我且受用这无边的荷香月色好了。

 道にはただ私一人、後ろ手を組んでそぞろ歩く。此処は私のもののよう、日常を超えて別の世界に入り込んだようだ。賑やかさも好きだが、静けさも好きだ。集うのも好きだが、一人でいるのも好きだ。今宵は独り、蒼々と広がる月光のもと、何を想ってもいい、何を想わなくてもいい、自由な人間なのだと感じていた。昼間はしなければならない事があり、話もしなければならないが、今は何も気にしなくてよい。これは独りの妙味である、暫しこの尽きせぬ蓮の香りと月を楽しもう。
  
  曲曲折折的荷塘上面,弥望的是田田的叶子。叶子出水很高,像亭亭的舞女的裙。层层的叶子中间,零星地点缀着些白花,有袅娜地开着的,有羞涩地打着朵儿的;正如一粒粒的明珠,又如碧天里的星星,又如刚出浴的美人。微风过处,送来缕缕清香,仿佛远处高楼上渺茫的歌声似的。这时候叶子与花也有一丝的颤动,像闪电般,霎时传过荷塘的那边去了。叶子本是肩并肩密密地挨着,这便宛然有了一道凝碧的波痕。叶子底下是脉脉的流水,遮住了,不能见一些颜色;而叶子却更见风致了。

 湾曲した蓮池は、見渡す限り一面の蓮の葉である。葉は水面から高く伸び、しなやかな舞姫の裳のようだ。重なりあった葉の中、所々に白い花が添えられ、たおやかに、或いは恥ずかしげに咲いている。まさに一粒一粒が輝く珠であり、碧い天の星々でもあり、湯あみを終えたばかりの麗人でもある。微かな風が、絶え間なく清々しい香りを送ってくる、まるで遠い高楼からのかすかな歌のようだ。この時、葉と花は共に小さくざわめいて、まるで稲光のよう、瞬時に揺れ伝わって向こうへ消えた。隙間なく重なり合った葉に、深碧色の波さながらの一筋。根元に脈々と流れる水は葉に遮られて見えない。それが却って趣を醸しだす。
  
  月光如流水一般,静静地泻在这一片叶子和花上。薄薄的青雾浮起在荷塘里。叶子和花仿佛在牛乳中洗过一样;又像笼着轻纱的梦。虽然是满月,天上却有一层淡淡的云,所以不能朗照;但我以为这恰是到了好处——酣眠固不可少,小睡也别有风味的。月光是隔了树照过来的,高处丛生的灌木,落下参差的斑驳的黑影,峭楞楞如鬼一般;弯弯的杨柳的稀疏的倩影,却又像是画在荷叶上。塘中的月色并不均匀;但光与影有着和谐的旋律,如梵婀玲上奏着的名曲。

 月の明かりは流れる水のように、静かにこの蓮の葉と花にそそがれる。青みを帯びた薄い霧が蓮池に漂う。葉と花はあたかも乳で洗われたようであり、薄紗に包まれた夢のようでもある。満月とはいえど、空には淡く雲が浮き、朗々と照りはしない。しかし私にはちょうど良いと思われる―――熟睡も必要だが、短い眠りもまた別の味わいがあるではないか。月の光は木々の間から射し、高く群生する灌木が入り混じりまだらに黒い影を落とす、鋭い輪郭が亡霊のようだ。たおやかな柳の清々しく美しい姿が、蓮の葉の上に描かれる。池を照らす月の光は一律ではない。光と影の調和のとれたメロディは、バイオリンが奏でる名曲の如くである。
  
  荷塘的四面,远远近近,高高低低都是树,而杨柳最多。这些树将一片荷塘重重围住;只在小路一旁,漏着几段空隙,像是特为月光留下的。树色一例是阴阴的,乍看像一团烟雾;但杨柳的丰姿,便在烟雾里也辨得出。树梢上隐隐约约的是一带远山,只有些大意罢了。树缝里也漏着一两点路灯光,没精打采的,是渴睡人的眼。这时候最热闹的,要数树上的蝉声与水里的蛙声;但热闹是它们的,我什么也没有。

 蓮池は遠く近く、高く低く、全てを木に囲まれているが、柳の木が最も多い。柳は蓮池を幾重にも取り囲んでいる。しかし小道の傍らに幾筋かの隙間を残し、まるで月の光のために空けておいたかのようだ。木々の色は一様に暗く、ちょっと見には霞のようだ。けれど柳の姿は、霞のうちにも見分けがつく。梢の上に幽かにあるのは遠くの山々であるが、ぼんやりと見えるだけだ。木々の間から漏れてくる一つ二つの街灯の明かりはは、打ちしおれて元気がなく、眠たげな人の目である。この時最も賑やかなのは木のセミと水の蛙の声である。しかし賑やかなのは彼らであって、私ではない。
  
  忽然想起采莲的事情来了。采莲是江南的旧俗,似乎很早就有,而六朝时为盛;从诗歌里可以约略知道。采莲的是少年的女子,她们是荡着小船,唱着艳歌去的。采莲人不用说很多,还有看采莲的人。那是一个热闹的季节,也是一个风流的季节。梁元帝《采莲赋》里说得好:

  于是妖童媛女,荡舟心许;鷁首徐回,兼传羽杯;欋将移而藻挂,船欲动而萍开。尔其纤腰束素,迁延顾步;夏始春余,叶嫩花初,恐沾裳而浅笑,畏倾船而敛裾

 急に蓮摘みの情景が浮かんできた。蓮摘みは江南の古い風習であり、かなり昔からの物のようで、六朝の時代に盛んであった。詩歌からその概略を知ることができる。蓮を摘むのは少女たちで、小舟を揺らし恋歌を歌いながら行き来した。蓮摘み人が多いのは言うまでもなく、更にそれを見る人々もいたのである。賑やかな季節であり、恋の季節でもあった。梁元帝の《采莲赋》に見事に歌われている。
 
<于是妖童媛女,荡舟心许;鷁首徐回,兼传羽杯;欋将移而藻挂,船欲动而萍开。尔其纤腰束素,迁延顾步;夏始春余,叶嫩花初,恐沾裳而浅笑,畏倾船而敛裾>

可见当时嬉游的光景了。这真是有趣的事,可惜我们现在早已无福消受了。
  于是又记起《西洲曲》里的句子:
 <采莲南塘秋,莲花过人头;低头弄莲子,莲子清如水。>

 当時の楽しく遊ぶ光景を見る事ができる。真に面白かったであったろう、私たちがもはやこの喜びを享受できないのは残念な事である。そして《西洲曲》の中のこの句、 
<采莲南塘秋,莲花过人头;低头弄莲子,莲子清如水>

  今晚若有采莲人,这儿的莲花也算得“过人头”了;只不见一些流水的影子,是不行的。这令我到底惦着江南了。——这样想着,猛一抬头,不觉已是自己的门前;轻轻地推门进去,什么声息也没有,妻已睡熟好久了。

 もし今宵、蓮摘み人がいたとしたら、この池の蓮の花も人の高さを越しているだろう。ただ、流れる水が見えない事だけは、よろしくない。私は江南をたいそう懐かしく想いだしていた。こんな事を考えながら、不意に顔を上げると、思いがけずも既に我が家の門前だった。そっと戸を押して入れば、何の物音もしない。妻はもうぐっすりと眠っていた。
 
  1927年7月,北京清华园


                        ************
 
<于是妖童媛女,荡舟心许;鷁首徐回,兼传羽杯;欋将移而藻挂,船欲动而萍开。尔其纤腰束素,迁延顾步;夏始春余,叶嫩花初,恐沾裳而浅笑,畏倾船而敛裾>

目がさめるばかりに美しい少年と少女が小舟を揺らしつつ思いを交わす、舟はゆっくりと向きを変え、杯を重ねて愛を伝えあう。櫂を動かすと藻が掛り、舟を進めれば浮草が散る。その細い腰に白の帯を締めた少女は別れの時を引き延ばす;夏は始まったが春の気配も残っている、葉は柔らかく花は開いたばかり、裳裾を濡らすのを気にして小さく微笑み、舟が傾くのを恐れて裾をおさえる。
 


 <采莲南塘秋,莲花过人头;低头弄莲子,莲子清如水。>

蓮を摘む南塘の秋、蓮の花は人の丈より高い。俯いて蓮の実を手にすれば、蓮の実は清いこと水の如く

《采莲赋》——梁元帝
荡舟心许,鹢首徐回,兼传羽杯。棹将移而藻挂,船欲动而萍开。

尔其纤腰束素,迁延顾步。夏始春余,叶嫩花初。恐沾裳而浅笑,

畏倾船而敛裾,故以水溅兰桡,芦侵罗缣。菊泽未反,梧台迥见

,荇湿沾衫,菱长绕钏。泛柏舟而容与,歌采莲于江渚。歌曰:

“碧玉小家女,来嫁汝南王。莲花乱脸色,荷叶杂衣香。因持荐

君子,愿袭芙蓉裳。”


翻译版:
漂亮的少年、美貌的少女,心心相印采莲去。首船头来回转,交杯频递笑把爱情传。桨板轻摇水草紧绊,船头微动浮萍才分开。姑娘身材多窈窕,白绸衫儿束细腰。情意绵绵难分割,恋恋不舍把头回。春末夏初好季节啊,叶儿正嫩花儿才开。撩水逗乐笑微微,怕水珠溅身弄湿衣。忽然又觉船儿斜,急忙收起绫罗裙。
紫茎兮文波,红莲兮芰荷。绿房兮翠盖,素实兮黄螺。于时妖童媛女,荡舟心许,(益鸟,音益)首徐回,兼传羽杯。棹将移而藻挂,船欲动而萍开。尔其纤腰束素,迁延顾步。夏始春余,叶嫩花初。恐沾裳而浅笑,畏倾船而敛裾,故以水溅兰桡,芦侵罗(衤荐,音间)。菊泽未反,梧台迥见,荇湿沾衫,菱长绕钏。泛柏舟而容与,歌采莲于江渚。歌曰:“碧玉小家女,来嫁汝南王。莲花乱脸色,荷叶杂衣香。因持荐君子,愿袭芙蓉裳。”
——萧绎(508-554),南兰陵(今江苏常州西北)人,梁武帝第七子,后于江陵称帝,是为梁元帝,在位三年,为西魏军所杀。生平著作甚多,今存《金楼子》辑本。
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Commented by dangao41 at 2011-09-17 09:45
番 種類を表す
我且受用
参差  しんし 入り混じるさま 揃わないさま
凝碧的波痕
只有些大意罢了
峭楞楞如鬼一般
几段 段、長い物の区切りを数える 何カ所か隙間が現れている
要数 要算是 ~といえる
荷塘的四面,远远近近,高高低低都是树 蓮池のまわりは遠くも近くも、どこもかしこも木だ
悄悄地 こっそりと、 静静地 静かに、 軽軽地 そっと、 
酣眠固不可少 必不可少 欠くことができない、必要不可欠である
酣眠--小睡
Commented by dangao41 at 2011-09-28 18:21
注释 (1)闰儿:指作者的次子朱闰生   (2)蓊蓊郁郁:形容树木茂盛的样子。   (3)弥望:充满视野,满眼。   (4)田田:形容荷叶相连的样子。古乐府《江南曲》中有“荷叶何田田”的句子。   (5)袅娜:柔美的样子。   (6)宛然:仿佛。   (7)脉脉:这里形容水没有声音,好像饱含深情的样子。   (8)风致:美的姿态。   (9)斑驳:原指一种颜色中杂有别的颜色。这里有深浅不一的意思。也写作“班驳”。   (10)倩影:美丽的影子。   (11)梵婀(ē)玲:英语“violin”的音译,即小提琴。   (12)一例:一概,一律。   (13)丰姿:风度,仪态,一般指美好的姿态。也写作“风姿”   (14)艳歌:专门描写男女爱情的歌曲。   (15)风流:这里的意思是年轻男女不拘礼法地表露自己的爱情。   (16)妖童媛(yuàn)女,荡舟心许:艳丽的少男和美貌的少女,摇着小船互相默默地传情。妖,艳丽。媛女,美女。 许,默认。  
Commented by dangao41 at 2011-09-28 18:21
 (17)鹢(yì)首:古时画鹢于船头,所以把船头叫鹢首。鹢,水鸟。   (18)櫂(zhào):通“棹”,划船的一种工具,形状和桨类似。   (19)敛裾:这里是提着衣襟的意思。裾,衣襟。   (20)《西洲曲》:南朝乐府诗,描写一个青年女子思念意中人的痛苦。
Commented by dangao41 at 2011-10-01 14:39
——酣眠固不可少   ——記号はどういう意味?
~のようだ、がいっぱいで気になる

Commented by dangao41 at 2011-10-01 22:32
像亭亭的舞女的裙  亭亭を抜かした
这便宛然有了一道凝碧的波痕
濃い青緑色の波痕が一本 hanyuさん、いくつかお借りしますね
小睡也别有风味的 まどろみ、
只有些大意罢了  それもぼんやり見えるだけだ、
罢が分からない
只 不见 一些流水的影子,是不行的
梁元帝《采莲赋》里说得好
人の頭を越していること 人の頭、は詩的でないな
Commented by dangao41 at 2011-10-02 09:07
迷迷糊糊地哼着眠歌
漏着几段空隙,像是特为月光留下的
树缝里也漏着一两点路灯光
只不见一些流水的影子,是不行的
Commented by hanyu07 at 2011-10-02 09:55 x
今回も、舞姫の裳とか湯あみ、とかとか、まったくわたしの頭に無い言葉達です。また自分の訳抜けにもきづきました。
特に、あの詩の部分は、自分のが恥ずかしくなるくらい、まるでオリジナルの詩のようです。
Commented by 春月 at 2011-10-02 10:23 x
二人ともがんばってますね~、きれいな訳文ですね。

「青雾」は、夜の闇にまじった暗い青みがかった白い霧の色でしょうか? 色を訳すのって難しいですよね。「煙」はモヤや霞のことですね。

梁の元帝ですね。王朝と名前を出すことが多いです。

「只不见一些流水的影子,是不行的。」  水の流れが見えないのだけはいただけない。・・茂ったハスの葉が風で波立つように揺れた時には、これもまたいいものだ、と思ったわけですが、やっぱり「池」ですから、江南の風景とは違う。詩歌で江南(作者の出身地)を思い出したけど。

Commented by 春月 at 2011-10-02 10:24 x
《西洲曲》ですが、秋(旧暦なので7月から9月)に南の池でハスの実を採る。「蓮」は「恋」と発音が同じなので、「子」(男性の呼び方でもあります)を恋い慕うようすを連想させます。実を採って手の中で眺めていると、その実(愛しい男性を恋い慕う気持ち)は水と同じように清らかだ、という歌なのかな、と思います。

ハスの花は乙女より高く伸びていますので、手をのばして採ったでしょう。手の中の実は、こうべを垂れてうつむいて見る。広がった空間から、ハスの実にぎゅっと視線も感情も集まる感じがします。李白の「静夜思」と似ていますね。朱自清も故郷を思い出していますが、くどくど言わないところがいいのかな?

Commented by dangao41 at 2011-10-02 21:19
春月先生、ありがとうございます!
一生懸命やったのに落ちが分からなかったのが悲しいですが、先生のコメントですっきり理解できました。歌も、こういう意味だったのですね。想像しただけでは分からなかった、すごく大事なポイントをつかめました。いつかこの文章を朗読するのが私の夢です。蓮取りの情景も作者の心情もしっかりと読み込んでいくつもりです。
Commented by dangao41 at 2011-10-02 21:25
hanyuさん、語彙はね、私の年齢相応に古風なものもあるわけです。普段は縁のないものだから無理やり使っている部分も・・・私なりに理解した原文に合わせてではありますが。この文章、難しかったけれど訳せて良かったと思っています。前回もそうでしたが、一人では頑張れなかったです。そしてhanyuさんの訳をみて自分の間違いや抜けを見つけられたし。ありがとうございました。
Commented by dangao41 at 2011-10-02 21:35
ぼんやりと子守唄を歌っている
湯あみを終えた麗人でもある
さながら深碧色の波のようだ
木々を縫って漏れてくる
薄っすらと青い霧
熟睡も必要だが、仮眠もまた
幾筋かの隙間が、まるで月の光を留めるためようにある
煙のようだ。けれど柳の姿は、煙のうちにも
時代に盛んになった。詩歌からその概略を知ることができる
梁元帝の《采莲赋》に、その描写がある
人の頭を越していることと思う
流れる水影が見えないと云うだけでは、よろしくはない
こう考えると江南がとても気にかかる
Commented by dangao41 at 2011-10-03 17:47
みなさま、ありがとうございました。
直しましたが、とても良くなりました。・・・ように思います。
hanyuさん、荷塘月色 を発音練習の文章に使えるように頑張りましょうね。まずは、CDを聞き込みます。
Commented by hanyu07 at 2011-10-03 17:58 x
やはり、この文章の音読は難しいですね。
暗唱もするとしたら(弱気)詩の部分は無しで。。
あと、われわれの和訳も、一か月に一回くらいのペースで続けるのはどうでしょうか。
Commented by dangao41 at 2011-10-03 18:14
わぁ、まだ一緒に続けてくださいます?よろしくお願いします。
暗唱!? いや、私は朗読でいきます。選べるものなら私は古風なボキャ等いらないから、若さの方がいいですね、全くのところ。hanyuさんの若い勢いは見ていて(読んでいてですが)気持ちがいいです。
Commented by why at 2011-10-04 00:29 x
もといさん、こんばんは!
朗読の練習なら、同じく朱自清の作品でこれよりもっと音読向きの散文がありますよ。以前もお話ししたかもしれませんが、『匆匆』がありますね。分量や文体、また内容からして、これよりは読みやすいかと思いますので、先に『匆匆』を練習してはいかがでしょうか。
Commented by dangao41 at 2011-10-04 08:18
はい、『匆匆』は覚えています。あれは和訳は難しそうでしたが、耳にきれいな文章だと思いました。ケンブリッジが終わったら、お願いしますね。次々にしたい事があって、ワクワクしています。渡辺淳一も読み始めました。まだ最初のほうですが大丈夫そう。読み終わったらhanyuさんに回してあげましょう。
Commented by hanyu07 at 2011-10-04 13:28 x
え?渡辺淳一の中国語訳本を読んでいるのですか?それは、いろいろな意味でわたしには刺激が強いような?
では、10月の課題は、若い作家の、短いやつを、わたしの方で探させていただきます!
Commented by dangao41 at 2011-10-04 20:33
読み始めた本は「メトレス愛人」が日本語のタイトル。渡辺淳一は大嫌いですが、これは中国語訳の文章が良いと聞きました。と言ってもその良し悪しが私に分かるわけもないのですが。蓮池の後だから少しは読みやすいですよ。
Commented by why at 2011-10-04 22:41 x
>渡辺淳一も読み始めました
ワハハ、勧めておきながら、さっきから腹がよじれるくらい大笑いしています。ここで「渡辺淳一を読み始めました」と堂々と宣言されるとは夢にも思いませんでした。もう、笑いすぎてお腹が痛いよ~!
勧める人も読む人も、一体どういう趣味をしているんだろう、と不思議に思われているのでしょうね。
はい、Hanyuさんもよかったら、ぜひ刺激を受けてくださいね。

ごめんなさい!・・・もう笑いすぎてまともに書けません。
Commented by why at 2011-10-04 22:48 x
>渡辺淳一も読み始めました。まだ最初のほうですが大丈夫そう
大丈夫そう?
アハハ、笑いが止まりません。もうもといさんったら、最高!間違いなく今年一番のお笑い大賞です。
Commented by dangao41 at 2011-10-05 09:12
ワタナベさんって公言しちゃいけない作家さんでしたか?!
どうしよう・・・私はwhyさんにご報告、のつもりで深く考えなかったです。でもここを見る人は極少ないから大丈夫ですね、きっと。
Commented by why at 2011-10-05 09:28 x
いえいえ、そんなことはありませんよ。わたしはただ、もといさんが大嫌いな渡辺淳一を真剣に読んでいらっしゃる姿を想像して、吹き出しただけです。
笑いのツボにはまりました。
むか~し、学生時代に、僚友が渡辺淳一が如何に名書き手で如何に素晴らしいかを、実例を挙げながら、力説してくれたことがありました。彼女は当時、渡辺淳一の小説で日本語を勉強していたらしいです。
そして奇しくも先日、通訳の先輩が時々母語を補強するために、渡辺淳一の翻訳本を精読していると聞かされたので、感慨深かったものです。作者は自分の作品がこういう使われ方をしていると、思いもしなかったのでしょうね。惜しいことに私は翻訳本を読んでいませんが、先輩がいいと言っているくらいですから、相当良質な翻訳だと思いますよ。
そもそもなぜ渡辺氏の『愛人』を持っていたかというと、デュラスの『ラマン』の中訳がほしくて、親に頼んだら、渡辺淳一バージョンが届けられてしまったわけです。もうその時点で笑い転げました。
ごめんなさい。別に渡辺淳一の小説がいけないのではなく、氏にまつわる一連の出来事があまりにも面白くて、勝手にウケました。
Commented by why at 2011-10-05 09:28 x
僚友⇒寮友
失礼しました。
Commented by hanyu07 at 2011-10-05 10:17 x
上海の本やにも、渡辺純一はいろいろありました。やはり売れているのでしょうね。日本の小説が、大きなスペースをとられていました。
一番驚いたのは、マルケスの「百年の孤独」が高く積まれていたことでした。たしかに中国の現代文学と、ラテン文学のマジッジクリアリズムは通じる部分もあるのかもしれませんが。。。
Commented by dangao41 at 2011-10-05 15:12
フォローをありがとうございます。
文章の良さは私には全く分からないです。当たり前ですね。
まだ普通の内容なのですが(全部分かって読んではいないので、多分です)、「刺激」という人参がぶら下がっているせいか読み進むスピードが今までになく速いです。hanyuさんも楽しみにしてらしてね。
Commented by hanyu07 at 2011-10-06 09:59 x
10月の課題本係りとしては、上海で買った本のうち、几米の童話か、アニー・ベイビーの新作「春宴」はどうでしょう。もちろん、何れにしろ、導入部だけで。どっちもおそらくネットで見つけられると思います。
もといさんは、几米と安妮宝贝は、読んだことがありますか?
Commented by dangao41 at 2011-10-06 16:58
几米はここを見つけましたhttp://www.kanunu.org/jimmy/
安妮宝贝の「春宴」は見つけられませんでした。二人とも読んだことはありません。易しい方がいいけれど、童話の方が易しいとも限らないですね。
春月先生の翻訳虫のお話ね、私はなんで和訳が好きなのだろうと、ちょっと考え込んでしまいました。hanyuさんみたいに原文の文体など感じ取った事などないです。中文を読むときでも日本語で読んでいる、みたいな。漢文みたいに読むっていうのとも違う。イメージで読んでいると言えばいいのかな。だから読んだ後に中国語は殆ど残っていません。
Commented by hanyu07 at 2011-10-06 17:35 x
http://wenku.baidu.com/book/view/74cc05ab427167387800fff3.html
たしかに、ここで20%は無料で読めるのですが、テキストにコピーできなくなっているのが、つらいですね。
Commented by hanyu07 at 2011-10-06 17:48 x
たぶん、ここのどこかをクリックすればダウンロードできそうなのですが、わかりません。
http://www.yctxt.com/read.php?tid=366
中国語に詳しい人、教えてください。。
Commented by 春月 at 2011-10-06 18:04 x
えっ? 原文にあわせて訳文を使い分けているように見えますけどね~。原文→イメージ(意味)→日本語文、という回路なら、むしろいいと思いますけど…。原文→単語ごとに訳語→いかにも翻訳しました的ぎこちない訳文、に普通なりがちですから。原文→イメージ、で止めると、いわゆる中国語脳ってやつですね。
Commented by dangao41 at 2011-10-07 08:22
そうですね。やはり、几米は、あの絵が物語の半分以上を語っているので、やはり、安妮宝贝を探してみます。見つからなければ、わたしがスキャナを撮って送ります。老師は、もしかしたら読んだことがあるのやも。
Commented by hanyu07 at 2011-10-06 17:35 x
http://wenku.baidu.com/book/view/74cc05ab427167387800fff3.html
たしかに、ここで20%は無料で読めるのですが、テキストにコピーできなくなっているのが、つらいですね。
Commented by 春月 at 2011-10-07 08:43 x
原文はかなりきちんと読めていますよね。その上で、ですが、言葉は、内容(意味やイメージ)と表現と、二つあると思うんですね。翻訳は、内容は同じでも表現が違う、新しい表現を作るわけです。なので、また中国語に戻って音読するとか真似て作文するとか、すれば中国語の表現が身につくだろうと思います。・・と自分に言い聞かせる(笑)。

文字や音声は、内容と表現を載せる「媒体」ですね。媒体がないと情報は伝わりません。そして内容をあれこれ考えるのは哲学で、表現をあれこれ考えるのは文学だろう、と思っています。両者でかぶる部分は大いにありますが。
Commented by why at 2011-10-07 09:12 x
>読み終わって考えた時はしっかり日本語になっています。といっても日本語に変換しながら読んでるわけではないのですよ
これはまさにセンスや感性、才能というものだと思います。誰でも持っているものではないですよね。
語学の勉強は通常の場合、言葉を一つ一つ覚えて、文法を習得して、簡単な文章を読んで、短文を作る練習をして・・・かなり細かいステップを一つ一つ踏んで、やっと到達する境地が、外国語を意識せず、自然と母語を読んでいるように理解するところですが、もといさんの場合は、幾つかのステップをジャンプして、そこにすでに到達していらっしゃるような気がします。
勉強で言うと、飛び級したんですよね。羨ましいです。
Commented by why at 2011-10-07 09:13 x
ただ、文学を楽しむという目的以外に、勉強という意味では、やはり言葉ひとつひとつしっかり調べる作業が必要ですね。もといさんは言葉の感覚が鋭いので、調べなくてもぴったりイメージ通りに訳す能力を持っていらっしゃるのですが、そこがいいところであり、またちょっとやっかいなところでもあります。きちんと調べないと、本当に身につくことができないので、いざ自分が書くときには使えないですよね。
文学を楽しむための中国語と、語学の勉強の中国語、両方をバランスよく持ち合わせたほうがいいですね。
ちゃんとチェックしていますので、大丈夫ですよ。
Commented by hanyu07 at 2011-10-07 12:10 x
わたしは、まだまだすんなり中国語でイメージができないです。そもそも殆どが辞書を頼らないと読めないので。。また、ただ辞書で調べでも、なかなか日本語になってくれないと、もう勝手な想像で進めて、見当違いの解釈をしてしまったりです。
全く日本の小説のように頭には入らなくて、単語や、言葉使いをキョロキョロしてしまうばかりです。
特に、蓮は、とても幻想的世界に浸るという感じではなくて。。正直なところ、「難しい中国語表現」という印象が強いです。
Commented by dangao41 at 2011-10-07 20:50
先生方、アドバイスをありがとうございます。
why先生のおっしゃるような段階に私がいるわけもなく、今日はワタナベさんの本で自分の読み方を観察しました。私は文の構造とかには殆ど注意を払わずに単語だけで読んでいるようです。よく知っている語句は考えなくても多分すぐ日本語で頭に行くし、分からない単語も辞書で調べた途端に日本語になっているのじゃないかと。だから、日本語が中国語の語順で並んでいる感じなのだと思います。ちょっと見て分からない文だと一応区切りを考えたりしますが、適当に想像しているみたいです。原文がきちんと読めているか、というと最近の和訳以外はwhy先生に教えて頂きながら読んだ物なので間違いが少ないのかもです。まずは、初級テキストは文のパターンを身につけるために同じものを何十回、というところから始めなければならないですね。早く本が読みたかったし、テキストって面白みの無い文なので飛ばしたツケが今きてるって実感してます。ありがとうございました。
by dangao41 | 2011-10-01 14:04 | 朱自清 | Comments(37)