祝福3

我因为常见些但愿不如所料,以为未毕竟如所料的事,却每每恰
如所料的起来,所以很恐怕这事也一律。果然,特别的情形开始了。
傍晚,我竟听到有些人聚在内室里谈话,仿佛议论什么事似的,但不
一会,说话声也就止了,只有四叔且走而且高声的说:
 
そうならないで欲しいと願う事が、まさかそのような結果にはならないだろうと思った事が、常々必ず起こってしまう。今回もそうではないかと恐れた。果たして、尋常でない事態が始まった。晩方、ついに私は奥の部屋での会話を耳にしてしまった。なにか取りざたしているようであったが、すぐに会話は途絶え四叔だけが歩きながら声高に話している。

“不早不迟,偏偏要在这时候——这就可见是一个谬种!”
我先是诧异,接着是很不安,似乎这话于我有关系。试望门外,
谁也没有。好容易待到晚饭前他们的短工来冲茶,我才得了打听消息
的机会。
  
「早く遅くもなく生憎とこの時期に、出来そこない奴が!」
私は先ず何事かと思い、次に私に関係があるのではないかと不安を覚えた。外を窺ってみたが誰もいない。仕方なく待つしかなく、夕飯時分に節季の雇い人がお茶を注いでくれた時、やっと尋ねる事ができた。

“刚才,四老爷和谁生气呢?”我问。
“还不是和样林嫂?”那短工简捷的说。
“祥林嫂?怎么了?”我又赶紧的问。
“老了。”
“死了?”我的心突然紧缩,几乎跳起来,脸上大约也变了色,
但他始终没有抬头,所以全不觉。我也就镇定了自己,接着问:
“什么时候死的?”
“什么时候?——昨天夜里,或者就是今天罢。——我说不清。”
“怎么死的?”
“怎么死的?——还不是穷死的?”他淡然的回答,仍然没有抬
头向我看,出去了。

 「さっき四叔父は誰を怒っていたのだい?」
 「样林嫂に決ってるじゃないですか。」雇い人は直截に答えた。
 「样林嫂?どうして?」私は慌てて問うた。
 「亡くなりました。」
 「死んだ?」私の心は急に締めつけられ、飛び上がりそうになった。顔色も変えていたであろうが、雇い人はずっと下を向いていたので全く気付かれなかった。そこで私は気持を静めて尋ねた。
 「いつ死んだの?」
 「何時、ですか?昨夜か、或いは今朝か…私ははっきり知りません。」
 「なんで死んだのだろう?」
 「なんで死んだかって?・・・窮してでしょう?」彼はあっさりと答え、やはり下を向いたままで私を見ずに出て行った。

然而我的惊惶却不过暂时的事,随着就觉得要来的事,已经过去,
并不必仰仗我自己的“说不清”和他之所谓“穷死的”的宽慰,心地
已经渐渐轻松;不过偶然之间,还似乎有些负疚。晚饭摆出来了,四
叔俨然的陪着。我也还想打听些关于祥林嫂的消息,但知道他虽然读
过“鬼神者二气之良能也”,而忌讳仍然极多,当临近祝福时候,是
万不可提起死亡疾病之类的话的,倘不得已,就该用一种替代的隐语,
可惜我又不知道,因此屡次想问,而终于中止了。我从他俨然的脸色
上,又忽而疑他正以为我不早不迟,偏要在这时候来打搅他,也是一
个谬种,便立刻告诉他明天要离开鲁镇,进城去,趁早放宽了他的心。
他也不很留。这佯闷闷的吃完了一餐饭。
 
しかし私の驚きと慄きは一時の事に過ぎなかった。同時に予感の事も心をよぎったが、もう終わった事だ。まして私は「分からない」と言った、そして雇い人の「窮して」の言葉、これを拠り所に安堵して心は次第に軽くなっていった。しかし偶然とは言うものの、些かの後ろめたさはあった。夕飯になり四叔父は厳めしく同席した。私は祥林嫂の事を尋ねたかったが、叔父は「鬼も神も気の持ちよう」と読んではいても、物忌みの多いことを知っていたし、「祝福」の時期を間直にした今である。喪や疾病の話題は万に一つも持ち出せず、止む無い場合でも忌み言葉を使わなければならない。口惜しいことにどう言えばいいか分からず、何度も聞きたくは思ったが結局は止めた。叔父の厳めしい顔付きから、私がぐずぐずしていると思っているのではないかと云う疑いが急に生じた。こんな時期に厄介を掛けている、やはり一種の出来そこないである。そこで明日、鲁镇を立ち町に行くと伝えて、叔父の心を軽くしてあげた。叔父はたいして引き留めもしなかった。このように鬱々と食事を済ませた。

冬季日短,又是雪天,夜色早已笼罩了全市镇。人们都在灯下匆
忙,但窗外很寂静。雪花落在积得厚厚的雪褥上面,听去似乎瑟瑟有
声,使人更加感得沉寂。我独坐在发出黄光的莱油灯下,想,这百无
聊赖的祥林嫂,被人们弃在尘芥堆中的,看得厌倦了的陈旧的玩物,
先前还将形骸露在尘芥里,从活得有趣的人们看来,恐怕要怪讶她何
以还要存在,现在总算被无常打扫得于干净净了。魂灵的有无,我不
知道;然而在现世,则无聊生者不生,即使厌见者不见,为人为己,
也还都不错。我静听着窗外似乎瑟瑟作响的雪花声,一面想,反而渐
渐的舒畅起来。
 
冬の日は短いし雪であるから町はすっかり夜の闇に覆われた。人々は灯りの中で忙しくしていたが、窓の外は静かであった。厚く積もった雪の上に雪の花が舞い落ち、その音が聞こえてくるようで、更にひっそりと感じられた。私は黄色く照らす油灯の下に独り座って想った。する事が何もなかった祥林嫂を。捨てられた塵芥の山、飽きらてしまった古い玩具、ちりあくたの中形骸を晒している。楽しく生きている人から見れば、恐らく何故まだ生きていたいのか、と訝しげに聞くところだろう。今、亡くなってやっときれいさっぱり掃き清められた。魂が有るか無いか私は知らない。しかしこの世では、無聊な人間は活きていないとすれば、見飽きた者は見えなくなる。人のため己のためだ。それも悪くはなかろう。私は静かに窓の外のさらさらとした雪の花の降る音を聞きながら思い耽ったが、かえって次第に気持ちは晴れていった。
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by dangao41 | 2011-09-07 20:09 | 魯迅 | Comments(0)