順姐の自由恋愛3

顺姐常强调自己来北京之前,在家乡劳动多年,已经脱掉地主的帽子。据她后来告
诉我,全国解放时,她家大小姐在北京上大学,立即把她妈妈接到北京(她就是个逃亡
地主婆)。她丈夫没有被镇压,只是拘捕入狱,死在监牢里了。顺姐顶缸做了地主婆。
当时她的小女儿出生不久,她就下地劳动,得了子宫高度下垂症。这就是她治病花了不
少钱的缘故。她虽然动了手术,并没有除净病根。顺姐不懂生理学,只求干脆割除病根,
就可以轻轻松松干活儿,她还得了静脉曲张的病,当时也没理会,以为只需把曲曲弯弯
的筋全部抽掉就行。

北京に来る前に地方で長いこと労働をしたので地主の汚点は取れている、と順姐は常に強調していた。後に私に告げたところに依ると、全国解放時にはお嬢さんは北京の大学に行っていて、即刻母親を北京に迎えた。(すなわち本妻は逃亡した地主妻である)夫は弾劾はされなかったが捕らえられて牢に入れられ、そこで死亡した。順姐は代わりに女地主の立場になった。それは次女が生まれて間もない頃で、労働のため重症の子宮下垂となってしまった。これが治療に少なからずのお金を使った所以である。手術もしたのだが病根は取り除けなかった。彼女は生理学は理解しないまま、ただ悪いところを取りさえすれば具合が良くなると思っていた。静脈瘤も患ったが、当時はこの事も分かっていなくて、くねくね曲がった血管を全部取りさえすればいいのだと思っていた。

我常夸顺姐干活勤快利索,可当劳模。她叹气说,她和一个寡妇亲戚都可以当上劳
模,只要她们肯改嫁。她们俩都不肯。想娶顺姐的恰巧是管她劳动的干部,因为她拒绝,
故意刁难她,分配她干最重的活儿,她总算都顶过来了。我问她当时多少年纪。她才三
十岁。

順姐は精を出してきびきびと仕事に励む、模範労働者になれると私はいつも褒めた。彼女はため息をついて、彼女ともう一人、親戚の寡婦は再婚さえすれば模範労働者になれるだろう、でも二人とも再婚はしたくない。順姐を望んだのは職場の幹部で、断わったがために嫌がらせに一番きつい仕事を割り当てたそうだ。彼女はやっとのことでそれに耐えた。その頃、幾つだったのと私は尋ねた。彼女がまだ30歳の時であったという。

她称丈夫为“他”,有时怕我不明白,称“他们爹”或“老头子”。她也许为“他”
开脱地主之罪,也许为了卖弄“他”的学问,几次对我说,“他开学校,他是校长呢!”
又说,她的“公公”对待下人顶厚道,就只“老太婆”利害。(顺姐和我逐渐熟了,有
时不称“姐姐”,干脆称“老太婆”或“老婆子”。)这位太太是名门之女,有个亲妹
妹在英国留学,一直没有回国。

彼女は夫を“彼”と呼んだが、時々私にはっきり分かるように“子供たちの父親”とか“じじい”とかとも呼んだ。もしかしたら“彼”が地主だった罪を弁護するため、或いは“彼”の学歴をひけらかすためか、幾度か「彼は学校を作った。校長だったですネ!」と言った。また、“じいさん”は雇い人に親切だったが、”ばあさん“はひどかったと言った。(順姐は私と慣れるにつれて、時には”姐姐“とは呼ばずに、あっさりと”ばあさん“とか”ばばあ“を使った)この人は名門の子女で、イギリスに留学して一度も帰国しない妹がいるという。

有一天,顺姐忽来向我报喜,她的大女儿转正了,穿上军装了,也升了级,加了工
资。我向她贺喜,她却气得淌眼抹泪。
“一家人都早已知道了,只瞒我一个呢!”
她的子女,一出世就由大太太抱去抚养:孩子只认大太太为“妈妈”,顺姐称为
“幺幺”(读如“夭”),连姨娘都不是。他们心上怎会有什么“幺幺”啊!

ある日、順姐はだし抜けに長女が正規職員となったと喜ばしい報告をした。軍服を着られるし昇進して給料も増える。私はお祝いを述べたが、彼女はしょんぼりと涙を拭いている。
「家のみんなはとっくに知ってたんです。あたしだけがつんぼ桟敷だったんですよネ!」
彼女の娘は生まれ落ちるや正妻が連れて行って育て、子供は正妻を“お母さん”と呼び順姐を”ねえや”と呼んだ。彼女は妾ですらなかったのだ。彼らの心をどうして”ねえや”が占められるであろうか!

不久后,她告诉我,她家大小姐倒运了,那离了婚的丈夫犯下错误,降了级,工资
减少了,判定的赡养费也相应打了折扣。大小姐没好气,顺姐难免多受折磨。有一天,
她满面忧虑,又对我说起还债,还给我看一份法院的判决书和一份原告的状子。原来她
家大小姐向法院告了一状,说自己现在经济困难,她的弟弟妹妹都由她抚育成人,如今
二人都已工作,该每月各出一半工资,偿还她抚养的费用。这位小姐笔头很健,状子写
得头头是道。还说自己政治上处于不利地位,如何处处受压。法院判令弟妹每月各将工
资之半,津贴姐姐的生活。我仔细看了法院的判决和原告的状子,真想不到会有这等奇
事。我问顺姐:

暫くして順姐は、お嬢さんの運が変わったのだと私に告げた。離婚した夫は過ちを犯して格下げされ給料も減り、決められていた養育費もかなり減額となった。お嬢さんは不気嫌となり、順姐は彼女の腹いせを避けられなかった。ある日、憂鬱な顔で借金の話をし、裁判所の判決文と原告の起訴状を見せた。お嬢さんは裁判所に訴えを出していたのだった。現在経済的に困窮している、自分が弟妹を養なった、今は二人とも働いているのであるから、毎月給料の半を出して、姉に養育の費用を返す、と云うものであった。このお嬢さんは頗る筆が立っていて、書状の道理は通っている。そして自分は政治的に不利な立場にあっていろいろ圧力を受けているとも述べていた。裁判所は弟妹に毎月の給料の半分を、 姉の生活費に充てるように命じていた。私は仔細に判決文と起訴状を読んだが、まさかそんな事ははないだろうと順姐に尋ねた。

“你的孩子是她抚养的吗?”
顺姐说,大小姐当大学生时期,每年要花家里多少多少钱;毕业后以至结婚后,月
月要家里贴多少多少钱,她哪里抚养过弟弟妹妹呢!她家的钱,她弟弟妹妹就没份吗?
至于顺姐欠的债,确是欠了。她顶缸当地主婆,劳累过度,得了一身病;等到脱掉地主
的帽子,她已经病得很厉害,当时丈夫已经去世,她带了小女儿,投奔太太和大小姐。
她们把她送进医院,动了一个不小的手术,花了不少钱——这就是她欠的债,天天在偿
还。

「あなたの子供も彼女が面倒をみたの?」
順姐は、お嬢さんはその頃大学生で毎年かなりのお金を家から出してもらっていた、卒業して結婚してからも家からお金をもらっていた、弟妹を養うなんて事あるものですかネ!と言う。弟妹たちは家の財産を分けてもらわなかったのか?順姐の借金について言えば、確かに借りたのであろう。地主の身代わりになった為の過度の労苦で彼女は体を悪くした。地主の汚名が取れた時には病はたいそう進んでいた。夫は既にこの世を去り、子供を連れて正妻とお嬢さんの所へ身を寄せたのだった。彼らは順姐を医者にかからせ、そこで簡単とはいえない手術を受け、少なからずの費用がかかった。これが順姐の借金であり、ずっと返済してきたのだった。

顺姐叙事交代不清,代名词所指不明,事情发生的先后也没个次序,得耐心听,还
得费很多时间。经我提纲挚领地盘问,知道她在地主家当丫头时,十四岁就怀孕了。地
主家承认她怀的是他们家的子息,拿出三十元给顺姐的男家退婚,又出三十元给顺姐的
妈,把她买下来。顺姐是个“没工钱、白吃饭的”。她为主人家生儿育女,贴身伺候主
人主妇,也下地劳动。主人家从没给过工资,也没有节赏,也没有月例钱,只为她做过
一身绨料的衣裤。(这大约是生了儿子以后吧?)她吃饭不和主人同桌,只站在桌旁伺
候,添汤添饭,热天还打扇。她是个三十元卖掉终身的女奴。我算算她历年该得的最低
工资,治病的费用即使还大几倍,还债还绰有余裕。她一天帮三家,赚的钱(除了我为
她存的私房)全供家用开销。抚育她儿女的,不是她,倒是她家的大小姐吗?

順姐の説明ははっきりせず、誰が誰を指しているのか分からなかった。事の次第も連脈がないので辛抱を要し、かなりの時間も費やした。要点をかいつまんで問いただして分かった事は、地主の家で働いていた時分、14歳で妊娠してしまった。地主は彼女を孕ませたのは息子だと承知して、三十元を順姐の約束相手に払い婚約を解消させ、彼女の母親にも三十元を渡して順姐を買ったのだ。彼女は“給金無しで食事だけ”の者となった。主人の家で出産し子供を育てるため、主人夫婦の世話も畑仕事もした。給料も節気の小遣いも月々の係りも貰えず、ただ衣服だけを与えられた。(多分、これは息子を産んだ後の事であろうか)彼女は主人一家と食卓を共にせず、傍に給仕として侍り、夏には団扇で扇いだりと仕えた。三十元で生涯を奴婢として売られたのだ。私は彼女のこれまでの最低賃金を計算したが、治療費をとっくに数倍も超えていて余りある。彼女は毎日三件の家庭で働き、得たお金を(私が預かっているへそくりを除いて)全部家計に出している。子供の養育をしたのが彼女でなくて、お嬢さんだとでも言うつもりか?

看来,大小姐准料定顺姐有私蓄,要逼她吐出来;叫她眼看儿女还债,少不得多拿
出些钱来补贴儿女。顺姐愁的是,一经法院判决,有案可稽,她的子女也就像她一样,
老得还债了。
我问顺姐,“你说的事都有凭有据吗?”
她说:“都有呢。”大小姐到手的一注注款子,何年何月,什么名目,她历历如数
家珍。
我说:“顺姐,我给你写个状子,向中级人民法院上诉,怎么样?我也能写状子。”
她快活得像翻译文章里常说的“不敢相信自己的耳朵”。

お嬢さんは順姐にへそくりが有りそうだと見て吐き出させようと思ったようだ。子供たちが借金を返済しているのを順姐に見せて、もっとお金を出してその返済に充てなければどうにもならないと言った。順姐が心配していたのは一経法院の判決だった。記録があれば、子供たちも彼女のように返済しなければならない。
「あなたの話には裏付けがあるかしら?」と私は聞いた。
「みんなありますともネ。」と彼女はお嬢さんに渡したその金額、年月日、件名を一つ一つすらすらと列挙した。
「順姐、起訴状を書いてあげる。中級裁判所へ訴えなさい、どう?私だって起訴状を書けるのよ。」
翻訳文によくある「己の耳が信じられない」様子さながらに、彼女は大喜びした。
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by dangao41 | 2011-08-23 08:48 | 楊絳 | Comments(0)