林奶奶 2

  她曾邀一个亲戚同住,彼此照顾。这就是林奶奶的长远打算。她和我讲:“我死倒不怕,”——吃苦受累当然也不怕,她一辈子不就是吃苦受累吗?她说,“我就怕老来病了,半死不活,给撩在炕上,叫人没人理,叫天天不应。我眼看着两代亲人受这个罪了……人说‘长病没孝子’,……孝子都不行呢……”她不说自己没有孝子,只叹气说“还是女儿好”。不过在她心目中,女儿当然也不能充孝子。

おばさんは以前、親戚の一人を誘って同居させた事がある。互いに面倒を見っこしようという訳だ。これがおばさんの長期を見据えた考えであった。おばさんは私にこう言った。「あたしは死ぬのは恐くないんだよ。」——苦労も恐くないのは当たり前、彼女の生涯は苦労の連続だったではないか。「あたしは年とって病むのが恐いんだ。半死半病でオンドルに置き捨てられて、誰も気にかけてくれない、誰も答えてくれない毎日が恐い。あたしは二代の親戚がそうされたのをこの目で見てきた……“長患いに孝行なし”っていうよね、……孝行なんて当てにならない……“おばさんは自分の子が親孝行でないとは言わなかった。ただ溜め息をつき”娘の方はいい子なんだ。“ でも娘では孝行息子の代わりにならない、のがおばさんの胸の内であった。

  她和那个亲戚相处得不错,只是房间太小,两人住太挤。她屋里堆着许多破破烂烂的东西,还摆着一大排花盆——林奶奶爱养花,破瓷盆、破瓦盆都种着鲜花。那个亲戚住了些时候有事走了,我怀疑她不过是图方便;难道她真打算老来和林奶奶做伴儿?林奶奶指望安顿亲友的另两间房里,住的是与她为仇的“街坊”。

おばさんと親戚の人はうまくやっていた、ただ二人で住むには家が狭すぎた。部屋にはがらくたが沢山積まれ、その上植木鉢も並んでいた。おばさんは花を育てるのが好きだったのだ。欠けた皿小鉢にはみな花が植わっていた。親戚の人は暫く住むと用事があるとかで出て行ったのだが、私は方便ではなかったかと怪しんだ。親戚は本当におばさんと一緒にずっと住むつもりでやって来たのであろうか? おばさんは近しい人と落ち着いて暮らせる二間の家を期待していたのだが、そこに住んでいるのはおばさんとは仇である“隣”だった。  

  那年冬天,林奶奶穿着个破皮背心到我家来,要把皮背心寄放我家。我说:“这天气,皮背心正是穿的时候,藏起来干吗?”她说:“怕人偷了。”我知道她指谁,忍不住说,“别神经了,谁要你这件破皮背心呀!”她气呼呼的含忍了一会儿,咕哝说:“别人我还不放心呢。”我听了忽然聪明起来。我说:“哦,林奶奶,里面藏着宝吧?”她有气,可也笑了,还带几分被人识破的不好意思。我说,“难怪你这件背心鼓鼓囊囊的。把你的宝贝掏出来给我,背心你穿上,不好吗?”她大为高兴,立即要了一把剪子,拆开背心,从皮板子上揭下一张张存款单。我把存单的帐号、款项、存期等一一登记,封成一包,藏在她认为最妥善的地方。林奶奶切切叮嘱我别告诉人,她穿上背心,放心满意而去。

その年の冬、破れた皮のチョッキを着てやって来た。チョッキを私の家に置きにきたのだ。「この気候だから皮チョッキは必要よ。どうして置いていくの?」「人に盗まれるといけないから。」私はおばさんが誰の事を言っているのか知っていた。我慢できずに言ってしまった。「心配ないわ、誰がこの破れたチョッキを取るものですか!」おばさんは怒りを抑えるとぼそぼそと言った。「他の人だって心配なんだよ。」これを聞いて私は即座に理解した。「ああ、おばさん、中に宝物が隠してあるのね?」と聞くとおばさんは腹を立てたが笑いもした。見破られたので幾分かは気まりが悪かったのである。「道理で満々に膨らんでいるわけだわ。その宝物を出して私に寄こして、あなたはチョッキを着るの。どう?」おばさんはとても喜んで、すぐに鋏を取って糸を解き、皮に付いた一枚一枚の預金預かり証を剥がした。私は証書番号、金額、期日など一つ一つ書き留め封をして一包みにし、おばさんが最も妥当だと思う場所に仕舞った。おばさんは人には言ってくれるなと何度も繰り返し、チョッキをを着て、安心し満足して帰っていった。

  可是日常和仇人做街坊,林奶奶总是放心不下。她不知怎么丢失了二十块钱,怀疑“街坊”偷了。也许她对谁说了什么话,或是在自己屋里嘟嚷,给“街坊”知道了。那“街坊”大清早等候林奶奶出门,赶上去狠狠的打了她两巴掌,骑车跑了。林奶奶气得几乎发疯。我虽然安慰了她,却埋怨她说,“准是你上厕所掉茅坑里了,怎能平白冤人家偷你的钱呢?”林奶奶信我的话,点头说:“大概是掉茅坑里了。”她是个孤独的人,多心眼儿当然难免。

けれど常日頃近所とやり合っていたので、いつも安心とはいかなかった。おばさんは二十元がどうして無くなったのか分からず、“隣”が盗んだと疑っていた。彼女は誰かにこの事を話したか、或いは家の中でぶつぶつ言ったのであろう、“隣”の知るところとなった。その“隣”は朝早く彼女が出てくるのを待ち、追いかけて乱暴に平手打ちを二発食わせ、自転車で走り去った。おばさんは怒って気が狂わんばかりであった。私は慰めたけれど彼女をたしなめもした。「あなたが厠を浚ってみるのが筋と云うものよ、謂われもなく、お金を盗んだなどと濡れ衣を着せるものではないわ。」おばさんは私の言うことを受け入れ頷いて言った。「たぶん厠に落したんだ。」彼女は独りぼっちだったから、疑り深くなるのもいたし方ない事ではあったが。

 我的旧保姆回北京后,林奶奶已不在我家洗衣,不过常来我家作客。她挨了那两下耳光,也许觉得孤身住在城里不是个了局。她换了调子,说自己的“儿子好了”。连着几年,她为儿子买砖、买瓦、买木材,为他盖新屋。是她儿子因为要盖新屋,所以“好了”;还是因为他“好了”,所以林奶奶要为他盖新屋?外人很难分辨,反正是同一回事吧?我只说:“林奶奶,你还要盖房子啊?”她向我解释:“老来总得有个窝儿呀。”
她有心眼儿,早和儿子讲明:新房子的套间——预定她住的一间,得另开一门,这样呢,她单独有个出入的门,将来病倒在炕上,村里的亲戚朋友经常能去看看她,她的钱反正存在妥当的地方呢,她不至于落在儿子、媳妇手里。

 家の昔のお手伝いが北京に戻ってからは、おばさんはもう我が家の洗濯はしなかったが、よく遊びにきた。彼女はあの平手打ちの件以来、一人で街中に住まうのが結局は良くないと思ったらしい。口振りが変わって自分の“息子は良い”と言う。ここ数年、彼女は息子が新居を建てるために煉瓦を買い、瓦を買い、材木を買った。息子が新しい家を建てるから”良い“のか、それとも彼が”良い”からおばさんが息子のために家を建てるのだろうか?他人には分からない。そもそもが同じ事柄に関してなのだろうか?私はただ「おばさん、やはり家を建てるの?」と聞いた。彼女は説明して「年を取ったらどうしたって巣を持たなくては。」と言った。彼女は抜け目なく、新しい家の奥の部屋、彼女が住まうことになる一室に、別の戸口を作ることを、早くから息子にはっきりと主張しておいた。つまりおばさん専用の出入り口だ。将来、病気になってオンドルに臥せっても村の親戚知人にいつでも見舞いに来てもらえる。それなら彼女のお金も妥当な場所にしまって置けて、息子や嫁の言いなりになる事もないだろう。


 一天晚上,林奶奶忽来看我,说:“明儿一早要下乡和儿子吵架去”。她有一二百元银行存单,她儿子不让取钱。儿子是公社会计,取钱得经他的手。我教林奶奶试到城里储蓄所去转期,因为郊区的储蓄所同属北京市。我为她策划了半天,她才支支吾吾吐出真情。原来新房子已经盖好了。她讲明要另开一门,她儿子却不肯为她另开一门。她这回不是去捞回那一二百块钱,却是借这笔钱逼儿子在新墙上开个门。我问:“你儿子肯吗?”她说:“他就是不肯!”我说,“那么,你老来还和他同住?”她发狠说,“非要他开那个门不可。”我再三劝她别再白怄气,她嘴里答应,可是显然早已打定主意。

ある晩、おばさんは急に私に会いに来て言った、「明日の朝早く息子と談判しに村へ行く。」彼女は百元か二百元の預金があるのだが、息子はお金を引き出させてくれない。彼は公社の会計で、お金は彼の手を経なければならないという。私はおばさんにこの町の貯蓄所へ出向いてこちらで下ろせるかを試してごらんなさい、郊外の貯蓄所は北京市の支店なのだから、と教えた。彼女のためにいろいろ考えてあげて暫くすると、やっとおばさんは言葉を濁しながらも本音を吐いた。新しい家はとっくに出来上がっていた。彼女は別々の戸口が要るとはっきりと言いつけていたのに、息子はおばさん用の戸口を作らなかった。そうなったからには、その一、二百元をどうしても取り戻さなくてはならない、そしてそのお金で息子に新しく家の壁に戸口を作らせるのだという。「息子さんは承知しているの?」と聞くと「それがしないんだよ。」と言う。「それでも一緒に住むつもり?」と聞けば彼女はきっぱりと「何が何でもあの子は戸口を作らなければだめだ。」と言う。私は繰り返し無暗に腹を立てないよう言い聞かせたが、とっくに気持ちを決めていたのは明らかで、生返事をするだけであった。

 她回乡去和儿子大吵,给儿媳妇推倒在地,骑在她身上狠狠地揍了一顿,听说腰都打折了。不过这都只是传闻。林奶奶见了我一句没说,因为不敢承认自己没听我的话。她只告诉我经公社调停,捞回了那一小笔存款。我见她没打伤,也就没问。

田舎に帰った彼女は息子と大喧嘩となり、嫁に押し倒され馬乗りで殴りつけられて腰の骨を折ったらしい。しかし伝え聞いた話である。私の忠告を聞かなかったのを認めたくないので、おばさんは私には何も言わなかった。ただ公社の仲立ちであの預金を取り戻したと告げた。怪我したところも見えなかったので、私は何も問わなかった。

 林奶奶的背越来越驼,干活儿也没多少力气了。幸亏街道上照顾她的不止一家。她又旧调重弹“还是女儿好”。她也许怕女儿以为她的钱都花在儿子身上了,所以告诉了女儿自己还有多少存款。从此以后,林奶奶多年没有动用的存款,不久就陆续花得只剩了一点点。原来她又在为女儿盖新屋。我末了一次见她,她的背已经弯成九十度。翻开她的大襟,小襟上一只只口袋差不多都是空的,上面却别着大大小小不少别针。不久林奶奶就病倒了,不知什么病,吐黑水——血水变黑的水。街道上把她送进医院,儿子得信立即赶来,女儿却不肯来。医院的大夫说,病人已没有指望,还是拉到乡下去吧。儿子回乡找车,林奶奶没等车来,当晚就死了。我相信这是林奶奶生平最幸运的事。显然她一辈子的防备都是多余了。

おばさんの背はますます曲がり、仕事をする体力もなくなってしまった。幸いなことに街道沿いでおばさんを気に掛けてくれるのは一軒や二軒ではなかった。彼女はまたもや「娘はやっぱり良いのだ」と言いだした。おばさんは息子のためばかりにお金を使った事を気にしていたのだろう、まだ幾ら貯金があるかを娘に告げたのだ。その後、おばさんが長いこと使わないでいた貯金は、いくらも経たないで度々引き出されごく僅かになってしまった。なんと彼女は娘の新居も援助してやったのだ。私が最後に彼女を見た時、おばさんの背中は90度に曲がっていた。服を開けば大小の衽に付けた小袋のほとんどは空なのに、上には別に大小の少なからぬピンが差してあった。程なくしておばさんは病に倒れ、何の病気かは分からないのだが黒い液体、血液が変色したものを吐いた。彼女は医院に運ばれ、知らせを受けた息子は駆けつけたが、娘は来ようとはしなかった。もう助かる見込はない、村に連れて帰りなさいと医者は言い、息子は車を探しに村に戻った。が、おばさんは車を待たずにその晩亡くなった。私にはこれは彼女の人生で最も幸せな事だったと思える。彼女の一生涯をかけた備えは明らかに不必要であったのだ。

  林奶奶死后女儿也到了,可是不肯为死人穿衣,因为害怕。她说:“她又不是我妈,她不过是我的大妈。我还恨她呢。我十四岁叫我做童养媳,嫁个傻子,生了一大堆傻子……”(我见过两个并不傻,不过听说有一个是“缺心眼儿”的)。女儿和儿子领取了林奶奶的遗产:存款所余无几,但是城里的房产听说落实了。据那位女儿说,他们乡间的生活现在好得很了,家家都有新房子,还有新家具,大立柜之类谁家都有,林奶奶的破家具只配当劈柴烧了。

娘はおばさんが亡くなってからやって来たが、経帷子を着せるのは気味悪がってしなかった。「あの人は私の母なんかじゃない、伯母ですよ。あの人には恨みもあります。14の時、トンヤンシに出され、馬鹿の嫁になり、馬鹿をどっさり生みましたよ……」 《私が会った二人はちっとも馬鹿ではなかったが、別の一人は“間が抜けている”そうだ》 娘と息子はおばさんの遺産をもらった。預金はいくらも残っていなかったが、受け継いだ町の家屋は確かな財産だった。
娘の話によれば、村の生活も今ではたいそう良くなり、どの家も新しくなり、新しい家具もあり、みんな洋服ダンスなども持っている。おばさんの傷んだ家具は薪にしかならなかったという。

  林奶奶火化以后,她娘家人坚持办丧事得摆酒,所以热热闹闹请了二十桌。散席以后,她儿子回家睡觉,忽发现锅里蟠着两条三尺多长、满身红绿斑纹的蛇。街坊听到惊叫,赶来帮着打蛇。可是那位儿子忙拦住说“别打,别打”,广开大门,把蛇放走。林奶奶的丧事如此结束。锅里蟠两条蛇,也不知谁恶作剧;不过,倒真有点像林奶奶干的。
                                                     一九八四年四月

              
おばさんを荼毘に付した後、彼女の実家はどうしても葬儀の酒席を設けたいといい、盛大に二十卓のもてなしを行った。葬式の後、息子は家に寝に帰り、出し抜けに、鍋の中に二匹の三尺余りもある赤と緑の斑紋の蛇がとぐろを巻いているのを見付けた。叫び声を聞いた隣人はすぐさま助けに来て蛇を叩いた。けれど息子は「打つな、打つな。」と慌てて止め、戸を大きく開き蛇を逃がした。おばさんの葬儀はこのように終わった。
鍋でとぐろを巻いていた二匹の蛇が誰の悪戯かは分からない。しかし、どうにもおばさんの仕出かしそうな事ではあった。   
                                                    2009・11


原文 http://www.millionbook.com/xd/y/yangjiang/000/019.htm
                   -
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Commented by hanyu07 at 2011-08-22 13:48 x
こんにちは。さかのぼった日に、更新をされていたのですね。
この日に、この文章を翻訳した。という意味なのでしょうか。林おばあさんの、文章はわたしもwhyさんに、教えてもらって、翻訳をしてみました。
特に後半は、意味がいまひとつ掴められなかったので、参考になります。また、全体を読んでも、ああ、こういう日本語は自分には無い日本語だなと思うところが多く、とても参考になります。
Commented by dangao41 at 2011-08-22 16:29
違うのですよ。一番思い入れのある離歌が下に埋もれるのが寂しかったのと、hanyuさんがまだおばさんに取り組んでいたら、人のは見たくないだろうと思ったのです。もう終わったと聞いたので出しました。日付はね、好きな日を入れられるのです。実際に先生と読んだのは一昨年で、ここにコピーして原稿?を作ったのは先週末。でも、もうちょっと見直してからアップすればよかったです。
人さまのブログに書き込んだ事はないのだけれど、あとで思い切ってhanyuさんのところに行きますね。読んでくださってありがとうございました。
by dangao41 | 2011-08-10 17:12 | 楊絳 | Comments(2)