離歌9

  第二天扎纸活,三爷另外送给胖大婶一个电冰箱。这玩意儿三爷没用过,估计胖大婶也没用过。可他知道,电冰箱是好的。一边扎,他一边跟彭老人说了会儿胖大婶。唉,一算,胖大婶才刚过六十呢。看人的命哪,多靠不住。
  彭老人在敲榫头,这活计耗人,他做得更慢了——最近,他开始把小木板一条条钉成大桥板,大桥板很宽,能容两人同行。他说,要弄,就弄座又宽又结实的好桥。三爷心下失笑,唉,这桥上面,怎可能人来人往,宽了也白宽。
  叮叮当当、慢慢吞吞地敲打中,他们还谈起东坝别的那些老人。哪个,是七十七走的,哪个,八十一走的,哪个,小五十就走了,唉,他们的模样、习性、口头禅,都还记得清楚着呢。三爷甚至记得,他们还活着的时候,就爱追着一家家看丧仪,越是年纪大了越是看得仔细——似是在看一场主角不同的预演,那神情,分明是心中有数、万事乃足。其实,他们对死亡的最大期许便是:床前晚辈儿孙齐全着,自己全身囫囵着,里外衣裳整齐着,安然死在自家的床上……可不能像城里人,切掉这个、割去那个,最后浑身插满管子,匆匆忙忙地死在不知哪里的医院里……那多可怜!这么的一比,瞧咱胖大婶倒有福气,死得可真好呢!

 翌日の副葬品を準備する。三爷は胖大婶に電気冷蔵庫も特別に作った。このような物を彼は使った事はなかったし、おそらく胖大婶もそうだったであろう。しかし彼は冷蔵庫は相応しいと思った。作りながら彭老人と胖大婶の話をした。数えてみれば胖大婶はやっと六十歳ではないか。考えてみれば、人の命のなんと当てにならない事か。
 
老人はほぞを叩いていたが、この仕事は力を消耗させる。更にのろのろとなっている---このところ、老人は小板を一本づつ釘で打ち付け大きな橋板を作る仕事に取りかかっていた。橋板はとても広く人が二人並んで通れる幅であった。作るからには広くてしっかりした橋をつくる、と老人は言う。三爷は密かに苦笑した、この橋を誰が行ったり来たりするものか、広くしたって無駄な事。 
 
とんとんとゆっくりと打付ける響きの中、二人は東墳の他の年寄りの話もした。あの人は七十七歳で逝ったし、あの人は八十一歳だった。あの人はまだ五十歳だったな、ああ、みんなの様子や仕草や口癖、まだはっきり覚えているよ。三爷は生前の彼らが他家の葬式のいちいちに参列したがっていた事も覚えている。年を重ねる程にますます注意深く見ていた---まるで主役が異なるリハーサルを見るように。その表情は明かに、事情に通じた自信を見せていた。万事こと足れり、と。実際、彼らが身罷る時に最も望む事は、枕元に親族みな集め、五体満足なまま、頭から足まですっかりと衣服を整えて、家の床で安らかに死を迎えることであった・・・町に住む人たちの様に、切除や切開して最後には体中に管を刺されて、何処とも知れぬ病院で慌ただしく死んでいくなど、考えることもできない・・・なんて哀れな!それに比べたら、胖大婶は幸せとも言える、いい死に方だったな!

  这么地谈了一会儿,彭老人忽然想到什么,他停下敲打,给水烟袋上满了烟丝,按结实了,却没抽。又隔了一会儿,才开口,有点掏心腹的样子:“三爷,托你件事儿。”
  “嗯?”
  “我那几个孩子,离开东坝久了,不懂这里的规矩,也不懂我的心思。所以我的事,得托付你。到了我那天,想在手边上,放几样小东西……”
  “看你说的,瞧你这身板子骨!”
  “三爷,这跟身板子骨没关系,你我不都明白?”彭老人用手摩挲他的水烟壶,那烟壶是铜的,有些泛红,一圈花纹均已磨得淡了。“头一样,是这个,用了一辈子,得带上。第二样,我想放双软布鞋,我备的那寿鞋,照规矩是高跟靴帮的,我怕穿不惯。第三样,你悄悄儿的,别让别人笑话,替我拽把庄稼果实,不挑,逢着当季了有什么就是什么,麦穗、玉米穗顶儿、棉花骨朵、大豆……不定什么,鲜鲜活活地替我弄上一把,放到我边上陪着——我离不开那些个。”
 
 こんな話を一頻りすると、老人は急に何か思い付き、打つのを止めて水煙管にきっちりと煙草を詰めたが、吸おうとはしなかった。そして暫くして心の内をさらけ出すかのように、やっと口を開いた。「三爷、頼みがある。」 
 「ん?」
 「俺の子供たちは東堰を離れて長い、ここの慣わしを知らないし俺の気持ちも分かっていない。あんたに頼むしかない。その日が来たら幾つか小物を入れて欲しい・・・」
 「何を言っている、体はまだ丈夫じゃないか!」
 「三爷、それとは関係ないんだ、俺の言うことが分からないか?」老人は水煙管を撫でながら言った。それは銅製で赤味がかっていて、一面の花紋はもう擦れて薄くなっていた。「先ずは、こうだ。ずっと使っていた物を持っていきたい。二番目に、柔らかい布草履を入れてもらいたい。寿沓は用意した、決りに従えば高沓だが、履くのに慣れないんじゃないかと思う。三つめ、これはこっそりやってもらいたい、人に笑われたくないからな。俺のために果物を穫って欲しい、何でもいいんだ、その時期に実った季節の果物と、麦穂にトウモロコシ、綿の実、大豆の莢・・・何と決めたわけじゃないが、新しくて生きがいいのを一掴み棺桶に入れてくれ。それがないと逝かれない。」 
   
  “成。你放心。”三爷还能说什么呢。这是明白事,人家说的也是明白话。
  “我先想了这三样……万一有加的,再跟你说。”彭老人忽然松下来似的,他不看三爷,却蹲下身去,撩那河水洗手,水花儿亮闪闪的。
当天晚上,三爷正准备睡下,忽然听到河对面儿有人喊他,声音并不响,压着:“三爷——”,一听,是彭老人的声音。三爷松了一口气,这不会是报丧,东坝人都还平安着呢。

 「分かった、心配しなくていい。」他に何と言えるであろうか。分かり切ったことだ、老人の気持ちは明白だ。
「先ずはこの三点を考えているんだが・・・もし追加するものがあったら、また言うよ。」彭老人は急に気持ちが軽くなったようであった。三爺を見ようとせず、しゃがんで河の水を掬って手を洗った。水滴がきらきらと輝いた。

その晩、三爷が眠ろうとした時、突然川向こうに誰かの叫び声を聞いた。大きくはなく押えた声であった。「三爺ーー」、彭老人の声だとすぐに分かった。三爷はほっと息をついた、葬儀ではない、東堰の村人はみな無事である。 

  三爷披衣出来了。月亮虽好,隔着河却瞧不清那对方的神色,老人语气急促促的:“三爷,有扰了。突然想起个事,睡不着——那个,到最后,给我带走的东西,是原样儿放在身边好呢?还是烧掉才好?我听说,这跟纸钱一样,不烧成灰化了我便得不着的。”
  东坝人对于神鬼,宽容而灵活,信与不信,只在一念之间。种种仪式,他们自是谨严执事,但于结果,并不当真追究。日常祷告亦是如此,如若灵验,欢喜不尽;倘使不灵,也无恼怒。
  于是,三爷想了一想:“我看,你原样儿放在身边是一套;另外我扎成纸活儿,烧化了再一套。这样,怎么都不会错了。”
  “可不是,瞧我这笨的!那就说好了,到时你得替我另外做这三样细活儿:扎个水烟壶、扎双布鞋外加一把时令庄稼……”彭老人顺手摸摸他手边码成垛子的木板,略有些羞惭:“不过我也不是光为这事来的,主要,是来瞧瞧咱的桥……”

 彼は服を羽織って出ていった。月は出ていたが、隔たった川向うの相手の顔ははっきりとは見えない。老人は口調もせわしなく「三爺、悪いな。急に思い出した事があって、眠れなくなった---それはな、俺が逝く時に入れてもらう品物な、そのままを入れてもらってもいいものか?それとも焼いたほうがいいのだろうか?聞いたところでは、紙銭と同じでちゃんと灰にならないと俺が向こうで使えないらしい。」
 
東堰の人々は仏や霊に対してはおおようで、しなやかであった。信じるも信じないも同じようなものなのである。様々な儀式は厳粛に執り行うが、それだからといって、全くの本気と云うのでもない。日常の祈りとはそのようなものだ。若し効き目があるなら大喜びだ。効き目がないとしても怒る事もない。
 そ れで三爷はちょっと考えた、「俺は思うんだが、本物を一組入れて、その他に俺がそっくりの紙細工を作って燃やす。こうすれば何も不都合はない。」
 
「なるほど、俺は盆暗だ!そうしよう。お前にあの三つを別に作ってもらう。水煙管と布履と時期の農作物を・・・」老人は積み上げた木材を擦った、些か恥ずかしそうであった。「だけどな、これを言うためだけに来たんじゃないぞ。俺たちの橋を見ようと思ってな。」
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by dangao41 | 2011-08-15 06:49 | 魯敏・離歌  | Comments(0)