離歌1

                           離歌                       魯敏 

  暴雨下了整整一夜,三爷惦记起东坝的那些坟茔,其下的肉身与骨殖,陪葬衣物,以及棺木,必定也在泥土下湿漉漉地悬浮着吧……他睡不着。
 挨到天亮,起来一瞧,发现门前河上的木桥给冲塌了。腐朽的木板散在河面,流连忘返地打着圈儿,最终与断绳、树枝、蓑草之类的一起,头也不回地漂走了。所幸他那条颜色发了黑的小船还在,水面儿上一上一下地晃着。
  没有人会修这座桥的。

 嵐は一晩中吹き荒れて、三爷(サンイエ)は東の土手の墓地が気がかりだった。仏も埋葬品も棺桶も泥土の中で湿り浮き上がっているのではないだろうか・・・彼は眠れなかった。

 夜が明けて見に行けば、戸口の前の川に掛かる木橋は押し流されていた。朽ちかけた木の板は川面に散在し帰るのも忘れたように回転していたが、終には縄を解き木っ端となり渦を抜け、樹の枝や草々と共に流れていく。幸いにも彼の黒ずんだ小舟はまだそこにあり、上に下にと揺れていた。 
  誰もこの橋を修理しない。  

  这么些年,人们从来都不用过桥,反正桥这边就只三爷一人。找他的就只站在对面,闷着嗓子用那样一种压抑的调子喊:三爷,西头的五姑奶奶过去了。三爷,栓子给电没了。三爷,江大年家的小媳妇喝农药走了。
  不论什么时辰,他即刻便穿了素衣出门去,小木桥摇晃着,河水在下面流,只照着他一个人的身影。人们要瞧见他过桥,便会互相地说:今天,三爷过桥了……这是当消息来说的,说的与听的皆明白:东坝,又有谁,上路去了……
 赶过去,那家里的大人孩子往往木呆呆的——就算平常见过多次邻里办丧,就算是上得了场面的人,临到自家,还是无措。大家都说:每到这个时候,就瞧出三爷的心硬来——他伸手抹一抹脸,几乎面无表情。  
 
もう長い間、村人が橋を渡ることはなかった。いずれにしろ橋のこちら側は三爷ただ一人しかいない。彼に用事なら向こう側に立ち、喉を絞って太い声で叫べばよい。「三爷、西頭の五姑が逝ってしまった~」だの「、三爺、栓子が感電して往生しちまった~」だの「三爷、江大年家の若い嫁が農薬を飲んで事切れた~」といった具合に。

 それが何どきであろうが彼はすぐに喪の服を着て出て行った。小さな木の橋は揺れて、下に流れる川の面はただ彼の影だけを映した。人々は彼が橋を渡るのを見れば行きあった人に話す。今日、三爷が橋を渡った・・・これで話は伝わり、話し手も聞き手も理解している。東堰で、また誰かが旅立ったのだ・・・
 
駆けつければ、往々にしてその家の大人も子供も茫然としている---たとえ、普段から何度も近所の葬式を出すのを見、それに参列していたとしても、自分の家の事となれば狼狽してしまう。人々は言うのである、「いつもその場になると、三爷は根性を据えるね。」--------彼は顔を手で拭って殆ど無表情になる。
 
  头一件事,是替新亡人收拾身子,趁还温软着,给他穿衣戴帽收拾整齐,完了头外脚里,让他躺得端端正正;接着悬挂门幡,设堂供奉,焚香化纸;再坐下开出一条货单,着人上街采买:白布、红布、黑布,各若干;别针;笔墨;黄纸红纸;白烛;大香;纸钱若干;草绳数丈等等。
  再在亲友中物色一个识文断字的,让其主管出入:吊唁的这时陆续赶到,进门便要奉上礼金与纸钱,需由他一一录下。有些远亲,多年不通来往,但只要得了信儿,也必定赶来,叩个头、化个纸。这里头,大有讲究,其严谨程度,远胜婚典。
  接着是找人搭席棚、找念经和尚、找做酒席的、找石匠刻碑、找风水先生、找吹打班子……

  先ず新仏を清めて、まだ温もりのあるうちに服を着せ帽子を被せ、頭から足まで整え終わると仏をきちんと横たえる。続いて入口に幟を掛け祭壇を設え、香を焚き紙銭を燃やす。それから腰を下ろして必要な物をメモし、街に買いに行かせる。買ってくる物は、白布・赤布・黒布に、止め針、筆と墨、黄紙赤紙、白蝋燭、長線香、紙銭、わら縄数尺等々。
 
次に親戚のなかで読み書きの出来る者を探し、金銭の管理を任せる。弔問客がその頃には続々と駆け付け入口で香典や紙銭を納めるので書き留めなければならない。遠い親戚の中には、長いこと行き来のない者もいるが、知らせを受ければ、必ず駆けつけて、叩頭し紙を燃やす。この土地ではその式次第はたいそう重んじられ、厳粛さにおいて婚礼をはるかに勝っていた。 
 
また、アンペラ小屋を組む者、経を読む和尚、清めの席を設える者、墓石を彫る者、風水を観る者、楽器の奏者をと、其々手配する・・・
  
  这样吩咐了一大圈,家里人慢慢镇定下来,前来帮忙的邻居们也各自得了事情,场面有些像个样子了。妇女们分成几堆,或围在厨房择菜洗涮,或在院中撕剪孝布,或在堂屋里叠做纸元宝,她们这时总会热烈地怀念新死者,于此种谈论中,后者皆可获得新的生命与新的品性:性情温和、节俭克己、心灵手巧……
  而这时,三爷也才终于得了空,问过主家的意愿,他便要过河回家扎纸人纸马了——三爷打小就是靠扎纸活儿谋生的,只因见的丧葬多了,又无家室,慢慢儿的,顺带着张罗起东坝人家丧葬的大小仪式。

 これらの指図がひと通り済むと、家族は次第に落ち着き、先から手伝いに来ていた隣人たちも各自の分担を心得て、場はそれなりの様子になっていった。女たちは幾つかに分かれて台所で菜の下ごしらえ、庭で孝布の準備、室内では紙金の整えと働き、作業をしながら彼女たちは死者を心から悼む、ここでの語らいのなか、逝った者は新しい生命と新しい人格を得る。穏やかで、つましく我慢強く、頭がよくて手先が器用だったね・・・

 これで三爷はやっと手が空く。喪主に断わって、河を渡り家に戻り紙銭紙馬を束ねる---- 三爷は子供の時から紙銭作りで生計を立ててきた。係わった葬儀は多かったし、家族がいないこともあり、徐々に東堰の人々の葬式の大なり小なりを取り仕切るようになっていった。
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by dangao41 | 2011-08-15 14:58 | 魯敏・離歌  | Comments(0)